たいそんの日記

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内気なエリザベス

一、

 「こんなに内気な子は
君がはじめてだよ、エリザベス」

チャーリーが肩をすくめて言った。

「いいかい エリザベス?僕が、今日から
君の勉強を見ることは聞いているね?
そして僕らは今日が初対面だ。
僕が君の部屋に来てからもう一時間は経ってる。
それなのに君は、あいさつのひとつも
してはくれない」

ぎしり、と椅子の軋む音が響く。
チャーリーの大きな顔が、エリザベスに近づいた。

「よくお聞き、エリザベス?
これで34回目だよ ごほん・・・
”やあ!初めましてエリザベス!
今日から君の家庭教師になる
チャールズ・エヴァレット!
チャーリーと呼んでくれ
君のことは何て呼べばいいかな?
べス?ベティー?それともリリアン?”」

エリザベスが目を泳がせた。
それでまるで、オックスフォード大学の数学を
暗算で解け、と言われた中学生のように。
それはまるで、通販番組で紹介した
ダイエット・グッズを誤って壊してしまった
ローカルタレントのように。

エリザベスは目を泳がせるばかりで
チャーリーの質問に
答える気配はいっこうに見られなかった。


これ以上すくめられないほど、
肩をあげたチャーリーは
重い溜息をつきながら 34回目の 自己紹介を
おなじ 言葉で しめくくった。

 「こんなに内気な子は
君がはじめてだよ、エリザベス・・・」

二、

チャーリーはこれまでの人生で
困ったことなど一度も無かった。

学業は物心ついたころから
常にトップクラスだったし、
真面目に取り組めばほんの一週間で
どんなスポーツだってレギュラーになれた。
事実、チャーリーは学生時代
ラグビーでインター・ハイにも出場している。

珈琲を淹れさせれば、誰よりも深い味を出せたし
ピーナッツ・バターがたっぷりかかった
トーストなんか、誰よりも早く
平らげることができた。

ユーモアのセンスも持っていたので
恋に飢えることもなく
むしろ持て余すくらいで
その中から”一番上等な女”と
派手な結婚式だって挙げた。

教師の道を選び、一時は有名大学の
非常勤講師を務めていたが
いわゆる”お金持ち”専門の
家庭教師の方が、楽に、より多く稼げることを
知り、転職もうまくいった。

チャーリーはこれまでの人生で
困ったことなど一度も無かったのだった。

ところが、困ったことに(そう、困ったことに)
チャーリーは厄介な仕事を
引き受けてしまったらしい。

先週、ラッツェンバーガー家から
家庭教師を依頼された時は、
まさかこんなことになるなんて思いもしなかった。

娘が一年前から学校に行かなくなってしまった。
理由を聞いても答えない。
勉強はどんどん遅れてしまうし
ここはひとつ、高名と評されるエヴァレットさんの
お力をお借りしたい、という
そんな内容だった。

むろん、チャーリーもはじめ
決して気乗りのする話ではなかった。
不登校の生徒を教えた経験は無かったし
面倒くさそうだ、適当に断ろうと思った。

「ええ、大変ありがたい話ですが
おかげさまで私も忙しい身でして・・・
ちょっと待って?名前をもう一度伺っても?
ラッツェンバーガーって、
ひょっとして、あのラッツェンバーガー?」

この国にラッツェンバーガー家を
知らない人はいない。
なぜなら、ありとあらゆる家庭用品に
ラッツェンバーガーのロゴが
プリントされているからだ。
総資産はもはや想像をはるかに超えた
文字通り、”ケタ違い”の ブルジョアだった。

「お礼はもちろんそれなりの額を・・・」

「ええ!引き受けましょう!お任せください
私にかかれば、もう安心だ
社長にもそうお伝えください。
このチャールズ・エヴァレットに!」

受話器を置いたあと、チャーリーは
飛び上がって喜び 妻を探した。

「アンナ!アンナどこだい!
たいへんなことになったよ」

庭いじりをしていたアンナは
鎌を持ったまま訝しげにチャーリーを眺めた。

「いったいどうしたのチャーリー?
そんな大きな声を出したらご近所に
変な目で見られちゃうわ」

「まず鎌を置いてくれ!」

「鎌?どうして?」

「いいからはやく置くんだアンナ!」

「わかったわよ・・・おかしな人ね・・・
きゃっ!」

アンナが鎌を置いた途端、チャーリーは
彼女を抱き上げ、まるで映画のワンシーンのように
ぐるぐるとまわってみせた。

事のあらましを伝えきったころには
アンナもすっかり興奮していた。

「ああ!チャールズ!わたしのかわいいチャーリー
あなたったら本当にサイコー!」

アンナは目をきらきらに輝かせ
夫の出世を祝福した。

ラッツェンバーガー家お抱えの家庭教師。
これがこの国に住む人間にとって
どれほどのステイタスか。
チャーリーは今現在受け持っている
5人の教え子の親たちに
その日のうちに辞表を提し、
その翌日には、大金を叩いて
新しいスーツを一式揃えたのだった。

それから数日後。
念入りに整えたヘアスタイルをもう一度
整え、ネクタイを締めなおし
チャールズ・エヴァレットは
ラッツェンバーガー家の大きな門戸を叩いた。


三、

「お待ちしておりましたわ。エヴァレットさん
どうぞおかけになって」

品の良さそうな淑女に促され
チャーリーは長いソファーに腰かけた。
こんなふかふかな生地のソファーは
セントラル・ショップのどこを探しても無い、と
チャーリーはにわかに興奮した。

「紅茶でよろしくて?」

淑女がくい、と指をあげると
どこからともなくメイドたちが現れ
あっという間に、お茶の用意が整った。

「この頃はロンネフェルトも味が落ちましたわ」

目の前の淑女は一口だけ紅茶をすすり
カタ、とティー・カップを置いた。

「申し遅れましたわ。あたくしは
クリスティーン・ラッツェンバーガー。
ラッツェンバーガー社々長の夫人ですの」

なにもかもが異世界のようだった。
クリスティーンの話し方も
この部屋の調度品の数々も
尻がどこまでも沈んでいきそうなソファーも
そして、この独特な味の紅茶も。

さすがのチャーリーも、
いつもの笑顔を作るのに苦労するほどだった。

「それで、エヴァレットさん」

「チャーリーで結構ですよ、奥様」

務めてフランクに返したつもりだったが
話の腰を折られたのが気に障ったのか
クリスティーン夫人はすこし顔をしかめた。

「ごめんあそばせ。では、チャーリー先生。
お話はどこまでお聞きになって?」

「ええと、娘さんでしたね。
学校に行ってないと。それで僕を。
そのくらいです」

「理解が早くて助かりますわ。
そうなの、うちのエリザベスときたらまったく!」

「ま、そんな時期は誰にでもあるものです。
私も少々、身に覚えが・・・
いえ、なんでもありません。
エリザベス・・というのですね
お任せください。勉強なんて
お茶の子さいさいですよ。さっそく行きましょう。
エリザベスの部屋は?」

「ご案内いたしましょう」

カツコツと、長い廊下にクリスティーン夫人の
ハイ・ヒールの音が響く。

(いったいどこまで広いんだ、この屋敷は・・・)
チャーリーが廊下にかけられていた
見るからに価値のありそうな絵画の数が
30枚目を超えたあたりでそう思った。

カツン。

クリスティーン夫人の足がぴたりと止まった。
彼女の前には、天井まで届くほどの
大きな扉がそびえていた。

「こちらです。エリザベスは中にいます。
チャーリー先生、
くれぐれもよろしくお願いしますわ。
では、私はこれで・・・」

「ええ、お任せください」

クリスティーン夫人は
もときた道を戻っていったが
なぜかぴたりと足が止まる気配を感じ
チャーリーが振り返ると
向こうを向いたままの
クリスティーン夫人が呟いた。

「十二人目ですの」

「なにがですか?」

「エリザベスに寄越した家庭教師は
あなたで十二人目です。
みんな、すぐ匙を投げてしまって
どうか、せいぜい、頑張ってらして」

それだけ言い残してクリスティーン夫人は
またカツコツと歩を進め
じき見えなくなった。


「十二人目・・・」


いったいどんなやつが待っているんだろう。
癇癪持ち?それともわがまま?
いや、しっかりするんだ!
チャールズ・エヴァレット!
ここで結果を出せば、人生が安泰だ!
なに、どってことないさ。
所詮は子供。うまくやれるさーーーーー

ごくり、と生唾を飲んで覚悟をきめ
勢いよく扉をノックした。

しかし、中から返事はなかった。

チャーリーは、もう一度
こんどは比較的、ゆっくりノックをした。
が、それも返事はなかった。

しかしクリスティーン夫人が娘の部屋を
間違えるわけはなく、
ははーん、さてはいきなりの洗礼ってやつか。
ふん、子供の考えそうなことだ。
こういう時のマニュアルはきまってる。
つとめて、明るく、だと チャーリーは思った。

バーン!
勢いよく扉を開けながら
チャーリーはまくしたてるように
この日、1回目の
(これが、あと33回続くとは
この時も思いもしなかったが)
自己紹介をしながら突入したのだった。

「やあ!初めましてエリザベス!
今日から君の家庭教師になる
チャールズ・エヴァレット!
チャーリーと呼んでくれ
君のことは何て呼べばいいかな?
べス?ベティー?それともリリアン?」

部屋の中はがらんどうだった。
むなしく響くチャーリーの自己紹介を
高級なベッドと、時計と、本棚と、絨毯だけが
聴いているようだった。

しかし部屋の隅っこの窓際のカーテンが
こんもりと膨らんでいることに
チャーリーはすぐに気が付いた。

なるほど、そうきたか。
今はかくれんぼの時間じゃないぜ。

口角をあげながら、じわじわと忍び足で
近づき、カーテンを勢いよく捲り返した。

さて、どんなじゃじゃ馬が現れるのだろうと
思っていたが、驚いたことに
そこに立っていたのは
ブロンドの巻髪に、長いまつ毛と
透き通るような白い肌の
小さな少女だった。

将来、美女になることを約束されたような
美貌とは裏腹に、エリザベスは
罠にかかった小鹿のように
ぶるぶると震えている。

顔も、まるで首を絞められているかのように
赤くなったり、青くなったりしていた。

「きみがーーー・・・エリザベス?」

エリザベスは答えなかった。

「ぼくはチャーリー。ええと、きみの家庭教師さ」

エリザベスは答えなかった。

「仲良く、やろうね」

エリザベスは答えなかった。

「勉強は、きらいかい?」

エリザベスは答えなかった。

「ねえ、聞いてる?」

エリザベスは答えなかった。

「・・・・・・・・」

エリザベスは答えなかった。

そして、チャーリーが言った。

 「こんなに内気な子は
君がはじめてだよ、エリザベス」

エリザベスは、それでも やっぱり 答えなかった。









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  1. 2017/01/27(金) 04:06:12|
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