たいそんの日記

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物体

時刻は深夜3時。
世界中が眠りに落ちたと錯覚するほど
一帯は静寂に包まれていた。
それは芝原の住む木造1Kとて例外ではなく、
時計の針の進む音が辛うじて聞こえるのみで、
それ以外はまったく同様に、
しんと静まり返っていた。

では、住人である芝原も今頃夢の中かというと
これはそうではない。
起きている。胡坐をかいて腕を組み、
黙りこくったまま目の前の”物体”を
じっと眺めている。

眉間に寄せた皺の緊張に疲れ、
ふと我に返った芝原は時計を見た。
どうやら、”物体”が現れてから
ちょうど2時間が経過していたらしい。

明日は早朝から社内合同プレゼン大会が
開かれる日であり、出来栄え次第では
出世に大きく響く大事な一日だ。
1年も前から暖め続けた新商品の魅力を
余すことなく上にアピールするため、
芝原はこの夜、日付が変わる前には
床についていた。

にも関わらず、今夜に限って寝つきが悪い。
寝返りを打ったり、水を飲んだり、体をほぐしたり
いろいろと試みてはみたが、
しかし、いっこうに眠気が訪れない。
連日の徹夜が祟ったか、
体が眠り方を忘れてしまったようだった。

1時間ほど経ち、いい加減うんざりしだした頃
芝原は部屋の天井に奇妙な”物体”が
はりついているのを発見した。

はじめ、芝原はそれをゴキブリか何かと思った。
夜、天井にくっついているものといえば
害虫と相場が決まっているし、
それでなくても築45年の木造建て
おんぼろアパートに
害虫が現れるのは茶飯事だった。

子供のころから虫が大の苦手だった
芝原は、入居したばかりのころは
害虫を見かけるたびに、
てんやわんやの大騒ぎだったが
それも3ヶ月も経てばすっかり慣れて
今ではスリッパや丸めた雑誌などで
容易く抹殺できるくらいにはなっていた。

食卓に広げたままの成人誌を
くるくる丸めながら、狙いを定めようと
立ち上がると、芝原はぎょっと驚いた。

これは害虫ではない。

その”物体”は、あえて言葉で
説明するなら「ぐにゃぐにゃ」としていた。
表面が、ではない。
物体の全体像そのものが
ぐにゃぐにゃとしていたのだった。

芝原は自身の目が霞んでいるのかと
まぶたをごしごし擦ってみたが
”物体”はやはりぐにゃぐにゃと
ぼやけるばかり。

それでも”物体”と呼ぶからには
一応の”物体らしさ”も備わっており、
”物体”には影があった。
さらに、芝原が”物体”を発見してから
およそ10分後、粘着力を失ったかのように
天井からぺりぺりと剥がれ、
やがて、ぼとりと落ちた。

床と接触した瞬間の「ぼとり」という
音から鑑みると、ぼやけていたとしても
”物体”はやはり物体なのだった。

こうなると眠っている場合ではない。
根が生真面目にできてる芝原は
この、突如現れた謎の”物体”の
正体を突き止めないうちに
眠ることなど、土台不可能だった。

おずおずと近づき、眺める。
”物体”は依然「ぐにゃぐにゃ」と
しているが、どうやら
危険なものではないらしかった。

それは直感に過ぎなかったが
得体の知れぬ安心感が訪れた芝原は
腰をおろし、胡坐をかいて
腕を組み、まじまじと”物体”を
眺めるのだった。

さて、とするとこの”物体”は
いったいぜんたいなんだろうと
あれこれ思考を巡らせてはみたが
これといって思い当たるものはなかった。
無論、これまでの人生で
”物体”を見たことは無いし
”物体に近い何か”さえ
芝原の思い出せる限りには無かった。

インターネットで調べようにも
検索バーに何をどう書いて
調べればいいのか分からず
電源を落とした。

いっそ警察を呼んで
対処してもらおうかとさえ思ったが
大事になっては
明日のプレゼン大会に差し支える。

それでなくても、この”物体”が
自分にしか見えない一種、幻覚の類で
訪れた警察官に奇異の目で見られるのも
気に喰わない。

いよいよ八方塞がりとなり
うむむと眉間に皺を寄せて
長いこと考えあぐねていると
やがて額がくたびれだし
我に返って時計を見た。

時刻は深夜3時。
世界中が眠りに落ちたと錯覚するほど
一帯は静寂に包まれていた。
芝原の住む木造1Kとて例外ではなく、
時計の針の進む音が辛うじて聞こえるのみで、
それ以外はまったく同様に、
しんと静まり返っていた。

ただし、”物体”は相変わらず
「ぐにゃぐにゃ」したまま
芝原の部屋に鎮座したままなのだった。

これでは明日のプレゼン大会に
支障をきたしかねない
おれの一生を左右する大事な一日を
こんな訳のわからぬ珍現象で
棒に振ったとなれば末代までの恥だ
いったいおれがどんな思いで
1年間も身を粉にしてプロジェクトを
進めてきたのか分かっているのか
おかげでここしばらく
一日だって満足に眠れてないんだぞ
ちくしょうめ

だんだん怒りが沸いてきた芝原だったが
そこでぴんとくるものがあった。

そうだ、これはやはり幻覚だ。
寝不足に次ぐ寝不足が生んだ
脳みその誤作動、そういうことだ。
さもなければ、こんな奇妙な
”物体”が現れる道理がない。
人体とはかくも不思議なものよ。
やはり警察を呼ばないで正解だった。
幻覚。それ以外ありえない。
と、するとこの”物体”も
要するに虚像で
たとえばこの指を挿し込んでみれば
するりと抜けてたちまち消えてしまうだろう。
どれ、ひとつやってみるか。

不適な笑みを浮かべながら
芝原は右手人差し指を
ゆっくりと”物体”にむけ
徐々に近づけた。

”物体”との距離が、
やがて指先ぎりぎりのところまで
近づいたとき芝原は
深呼吸をした。

長い夜もこれでおしまいだ・・・!

腹を括り、”物体”と芝原の指先が
触れた瞬間、

「ぷにゅんっ」


それはまるでできたてのゼリーのように
一定の弾力でもって
芝原の指を弾き返した。
弾き返された指の先には
奇妙な液体が付着している。

芝原は指先を無言で眺め
事の結果に直面していた。

幻覚ではなかった。
今、まさに、芝原だけが
感じた”物体”の触感は
幻覚的要素は一切なく、
はっきり、くっきりと固体だった。

指をゆっくり収め
拳を作り、額に押し当て
芝原はしばらく戸惑いを見せた。

もう手は出し尽くした。
考えられるすべての思考
すべてのシチュエーションを
想定した結果、”物体”は
決して幻覚などではなく
完全なる固体としての質を得ていた。
”物体”はどこまでも物体だったのである。

おれの負けだ・・・。

敗北感に打ち拉がれながら
がくんと頭を垂れていると
芝原の鼻腔を
甘い香りがくすぐった。

その香りの発生源は
さきほど”物体”にふれたときに
付着した液体らしかった。

無色透明ではあるが
液体が放つ言いようの無い香りは
芝原を猛烈にうっとりとさせた。

どこかで嗅いだことのある匂いだった。
夢中で鼻を吸って少しでも
甘い香りを体内に取り入れた結果
芝原は思い出した。

そうだ、これは童貞を喪失する前に
思い描いていた女の秘部の匂いだ。
学生時代、同じく童貞の友人たちと
放課後、飽きずに語り合って
夢想したあの、秘部のイメージそのものだ。

気がつくと芝原は豪快に勃起していた。
多忙を極めたここ最近は性欲さえ
ろくに起きず、ずいぶんとご無沙汰だった己が、
龍が如く虎が如く咆哮をあげていた。

芝原はだんだんと乾きだした
指先の液体をとうとう口中に放り込み
無我夢中で舐りだした。

静寂に包まれた夜の中で、
芝原が指先を舐る音だけが木霊する。

呼吸が荒れる。動悸が乱れる。
頭がぼうっとする。意識が飛ぶ
意識が・・・飛ぶ・・・意識が・・・・


翌朝、芝原の部屋から
”物体”は跡形もなく消えていた。
朝の光が射し込み、時刻は
6時を過ぎていた。
どの家も新しい一日を迎え
朝の支度に忙しい。

芝原の家からは、目覚まし時計が
さっきからずっと鳴り止まない。
だが、芝原は時計を止めることはできない。
なぜなら、芝原が目を覚ますことは
もう二度とないからだ。










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  1. 2016/11/13(日) 04:40:24|
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