たいそんの日記

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オニノシコグサ

一.

 むかし むかし あるところに
それは それは 広い村がありました

どれくらい 広いかって?
ううむ ちょっと わかりかねます
ただ あなたが 想像してるよりも
ずっと 広いことは 間違いないでしょう

 その村の名前は 傀(くぐつ)村

詳しい場所は 定かではないですが
一説によれば 美作の あたりだったそうな

 傀村の 特徴は おおきく分けて ふたつ

ひとつは 稲作が ひじょうに さかんなこと

傀村は その広大な 土地と
柔らかな 土壌に 恵まれ
とても おいしい お米を作ることができました

ここで 採れる お米は たいへんに 高価で
将軍さまに 献上されることも
しばしば だったそうです

評判は 全国 あっちゃこっちゃに 及び
傀村の 人々は がっぽがっぽ 儲け
とても 豊かに 暮らしていました

 「衣食足りて礼節を知る」 とは
よく 言ったもので 傀村の人々は
経済的余裕から その ことわざを
身を もって 体現するほど
やさしい人ばかりでした

 それから もうひとつの 特徴はというと

傀村には 鬼が 住んでいたのです

そうです あの鬼です
みなさんが イメージしている
そのままの 姿の 鬼です

 昔の日本には 鬼がいたのですよ
知らないのも 無理はありません

なぜなら 当時 日本に住んでいた
ほとんどの 鬼たちは
七尺はあろうかという 大きな体
鋭い角や 尖った歯などの
しんたい的 特徴が災いして
人間たちに 恐れられ
人里 離れた 暗い 山の中で
ひとり さみしく
暮らさざるを 得なかったからです

本当は どの鬼たちも
気の優しい 良いやつばかりだったのに・・・

 ところが 傀村の人々は そんな鬼たちとも
なかよく 暮らしていました

鬼たちは 自慢の 腕っぷしを活かして
大きな 米俵を いくつも 運んだり
薪にするための 大木を 何本も抱えたり と
村の 発展に 欠かせない
労働力 としての 役割を
一手に 担っていたのです

その見返りに 人間は 鬼たちに
安定した 生活を 約束しました
家に 食べ物 清潔な着物
さらには 細々とした 日用品などを
平等に 分け与え
助け合って 暮らしておりました

 かくして 傀村は 世にも珍しい
”人”と”鬼”が 仲良く暮らす村 として
その名を 轟かせていたのでした


二.

 ここで 彼らの 生活を 少し 覗いてみましょう
まずは 村の往来で

 「やあ 緑鬼さん 精が出るね
今日も これから 仕事かい?」

「おや 誰かと思えば 甚平さんじゃねえか
おうさ これから この薪を 新吉のところに
届けにいくんだ」

「それ 全部かい? いや~ 相変わらず
力持ちだね 千本は あるんじゃねえか」

「なに これくらい屁でもねえよ
こうやって おいらたち鬼が 人間の村で
安心して 暮らせるのも
おめえらの おかげなんだからさ」

「よく言うぜ 俺たちだって
鬼たちが 頑張ってくれなきゃ
こんなに 良い生活はできねえんだから
立ち話も 野暮だからよ
仕事が 終わったら うちへ 来な
一杯 やろうぜ 緑鬼さん」

「ありがてえ 今日は暑いから
ひとっ風呂 浴びたら 伺うとするよ
ところで なんの お酒だい?」

「きまってんだろ 鬼ころし!」

「こりゃあ 一本取られたね がはは!」

また ある時は 団子屋で

 「いらっしゃい!あら 青鬼さん
今日も 顔色が 悪いわね!」

「おみよちゃんったら もう!
この顔は生・ま・れ・つ・き・だよ!」

「あはは! ごめん ごめん
青鬼さん やさしいから つい
いつもので いい?」

「うん 頼むよ
(はぁ〜・・・おみよちゃん
今日も 可愛いなあ
や いかんいかん 人間と鬼は
結婚しちゃいけない 掟なんだから・・・
ああ・・・だけど せめて
この想いだけでも…
よ、よーし) 」

「はい お待ちどう!みたらし三本と
あったかい お茶ね ごゆっくり・・・
あれ? どうしたの 青鬼さん
なんだか お顔が 赤いわよ 変なの!」

「お おみよちゃん
実は 話したいことがあるんだ
今日の夕方 神社の 鐘の 前で
待ってるから よかったら その・・・」

「青鬼さん・・・」

「な なんちゃってね!
うそうそ 冗談!あははははは…」

「青鬼さん」

「はっ はい!?」

「待たせちゃ だめよ」

「お おみよちゃんっ・・・・・・!」

また ある時は 縁側で

 「王手!」

「むぐぐぐ・・・ま 待った!」

「だめ! 待った無し!
八重吉さんは 不利になると
待ったばっかり しやがる」

「そこをなんとか 頼むよ 赤鬼さんよう
・・・おっ なんだい 今日の着物は
良い布 使ってるね? さっすが
この村 一番の 色男」

「そんな おべっか使ったって
だめだよ 八重吉さん
ほら 王手 王手!」

「うーむ こりゃ 厳しいな
どれ あすこの 桂馬を取って
いや だめか 角行がある・・・
うーぬ どうしたもんかね」

「いやったああああああ!!!」

「おや あれは 青鬼じゃねえか
またえらく はしゃいで どうしたんだ?」

「おおかた この暑さに やられて
おかしくなっちまったんだろう
今年の夏は ずいぶん 暑いから・・・」

「それにしては 元気だね
お~い 青鬼!どうしたい!
えらく ご機嫌じゃないか?」

「あっ!赤鬼さんと 八重吉さん!
また 将棋指してるの?
いや それが 聞いとくれよ
今 団子屋の おみよちゃんにさあ・・・!」

「なに? そいつぁ いけねえ 青鬼
人間と 鬼は 結婚しちゃあ
いけねえ 決まりだぞ
なあ 八重吉さん・・・ 八重吉さん?」

「えらいっ!」

「八重吉さん!?」

「泣かせるじゃねえか 青鬼はよ
この三年 毎日 欠かさず
おみよちゃんの働く 団子屋に
通ってたんだぜ
こんな 一本気な 男 他にはいねえよ
掟なんか どうだっていいじゃねえか
なにも 今すぐ 子どもを
こさえようってわけじゃねえ
若いうちはよ 掟なんか うっちゃらかして
恋愛に 燃えるべきなんだよ!」

「や 八重吉さん!わかってくれるかい!」

「行ってこい!青鬼!
愛しの おみよちゃんに
いっちょ 男を 見せてきやがれ!」

「うん!おれ がんばる!」

「行っちめえやがった・・・
ありゃ ずいぶん 上せてんなあ
いいのかい 八重吉さん
掟は 掟だぜ」

「赤鬼さん そりゃ掟は大事だ
だがよ 惚れた女に
気持ちも 伝えられないなんて
こんな 殺生な 話は ないだろ
鳴かぬ 蛍が 身を焦がすなんて
よく言ったもんだけど
焦げちまったら 元も子もねえ
青鬼の 心の 問題だ
掟も くそもあるもんか」

「そういうもんかねえ
ところで 王手は どうすんの」

「うぐ 覚えていやがったか・・・待った」

「恋も 将棋も 待ったは
ご法度だよ 八重吉さん」

「ちくしょう!また負けた!」

「弱いねえ 将棋・・・」

このように 鬼と人は
それぞれ 種族の違いこそ あり
いくつかの 掟は あったものの
とても 仲良く 暮らしていたのです

三.

 ところが その年
たいへんなことが起こりました

 連日 続く 異常な 日照り
雨はもう 二月も 降っていません
やがて 傀村の 畑は
根こそぎ 枯れ果ててしまいました

 大飢饉が やってきたのです

 はじめ 村の人たちは 楽観的に
考えていましたが 畑が 次々に
死んでいくのを 目の当たりにするにつれて
どんどん 不安になっていきました

「村の終わりだ」
「どうするんだ 畑が死んじまったら
おれたち みんな 野垂れ死にだぞ」
「とにかく 畑が枯れるのを
指を咥えて 黙って見てるわけにゃいかねえ
こんなときこそ 力を合わせるんだ!」

村の人々は しゃかりき がんばって
枯れた畑を なんとか 蘇らせようと
あの手 この手を 打ちましたが
どれも 良い結果には 結びつきませんでした

 やがて 傀村の 評判は 大いに 下がり
やっと採れた わずかなお米も
二束三文で 買い叩かれる始末

 「衣食足りて 礼節を知る」とは
よく言ったもので お金が なくなると
人の心は 荒みます

そして その 荒んだ心は
鬼たちに ぶつけられることになりました

 力仕事が 主な仕事だった鬼たちは
畑が ダメになってから
働く場所を失い 日がな一日
肩身の 狭い思いで 過ごしていたのですが
そんな 鬼たちを 良く 思わない人々が
次第に 現れてきたのです

「なんだあいつら!村に住まわせてる
恩義も忘れて まいにち まいにち ふらふらと!」

「だいたい 鬼どもに 採れた作物や
買った着物を 分ける必要なんかねえんだ
俺は はじめっから そう言ってた!」

「そうだ そうだ! そもそも
鬼どもが 着物を着てるのも 納得いかねえ!
あいつらに まわす 反物の金で
俺たちの 分け前が 減るなんて
おかしいじゃねえか!」

「あいつらは 化け物だ!
着物なんか なくても 死にゃしねえ!
奴らの 着物は 全部 売っ払え!」

「村長!」

「村長!!」

「あー・・仕方あるまい・・・
明日 鬼たちの 着物は すべて 集めて
町に 売りに 行くとしよう・・・
それでよいな 皆の衆」

こうして 人間たちが 開いた 会議の末
鬼たちは ぱんつ 一枚残して
すべての 着物が 売られることになりました
(村の掟で 鬼たちは 会議に
出席できないのです)


「・・・ま そういうわけだ
悪いんだけど 家中の 着物
ぜんぶ 出してくれねえかな 赤鬼
いや 俺は 最後まで 反対したんだぜ!?
でも掟には・・・ 逆らえねえよ」

「・・・わかったよ 八重吉さん
もう 顔を上げてくんな
そもそも 俺たち 鬼は 体温が高いんだ
着物なんか 無くっても 冬は 越せるから
気にしないで ぜんぶ 持ってってくれ・・・」

「そうかい? 悪いなあ
それじゃ 遠慮なく・・・」

「そうだ 将棋でも指していくかい?」

「いや・・・今日は やめとくよ
忙しいんだ 俺たち 人間は 鬼と違って
おっと なんでもねえ そんじゃ またな」

「八重吉さん・・・」

こうして 集まった 鬼たちの 大量の 着物は
金に かわり そのすべては
人間たちの 懐におさまりました

着物を失った 鬼たちは
ぱんつ 一丁で 過ごさねばならず
何度 ほつれても そのたび
修理し やがて とても 壊れにくい
丈夫な ぱんつと なりました

こうして にわかに 均衡の 崩れた
傀村に また 新たな 問題が 起こりました

年頃の娘も 多くいる中
ぱんつ一丁で 貧しく 生活する
鬼たちを 疎ましく思う人が
現れたのです

「鬼どもの野郎 こないだなんかよ!
うちの娘を いやらしい目つきで
見ていやがった!
それも ぱんつ一丁でだぜ!
恥ずかしいったら ありゃしねえ!」

「いつ 襲われるか 分かったもんじゃない!
ああ 穢らわしい!」

「奴ら いまだ ろくに 働きもしねえで
ぱんつ一丁 なんて 変態みたいな
格好で 過ごしやがってよ!
もう 我慢ならねえ!殺せ!
鬼なんか 全員 ぶっ殺せ!」

「いや 待て それでも 鬼だ
身体もでかい 返り討ちに 遭うとも
限らないぞ どうする?」

「そんじゃよ うまいこと 騙くらかして
追い出せば いいんだ!
この村から 遠く離れたところに!
全員!まとめて!」

「そうだ!そうだ!」

「村長!」

「村長!!」

「村長!!!」

「あー・・・仕方あるまい・・・
鬼どもには 全員 出て行ってもらおう
村を 救うには それしかない
それで よいな 皆の衆」

満場一致で きまりました

四.

それから 数日の後
鬼たちは 村の集会場に 集められました

「集会場に来たの はじめてだなあ」

「なんだろう 俺たちに 話って」

「村を出て行け とか? どうしよう
俺んとこは まだ小さい子もいるのに」

「紫鬼は 結婚したばかりだもんなぁ・・・」

「はあ 腹減った もう三日も
ろくに食べてねえや」

「どこも似たようなもんだ おっ 村長だぞ」

「あー・・・鬼たちよ
今日 集まってもらったのは 他でもない
村の 今後のことだが
安心してほしい
われわれ 人間は 君ら鬼たちを
追い出そうなど とは
毛頭 考えてはおらん!」

「おい!聞いたか 出て行かなくても
いいみたいだぜ」

「しっ 黙って聞いてろ」

「あー・・・だが 皆も 知っているとおり
傀村は かつてないほどの 窮地に陥っている
このままでは 人間 鬼
共倒れになる 日も 遠くはない
皆から 提供してもらった 着物も
雀の涙にしかならなんだ
そこで だな・・・ 鬼たちに 頼みがある
ここから 二千里 離れた ところに
人の 住まない 大きく 美しい島がある
ただの島じゃない
その島の どこかに 先の将軍が遺した
宝が 隠されているという
頼みというのは 他でもない
これを 鬼たち 全員で 探して
傀村に 持って帰って 欲しい!
そして それを 無事
村まで 届けられたなら 平等に 分け与え
今までと 同じく 安定した 暮らしを 約束しよう!
どうじゃ 行ってくれるかね・・・?」

鬼たちは 戸惑いました

「ぜ 全員ですか? 女や子どもの鬼も
連れていくんですか?」

「そうじゃ これは君らにしかできん」

「もし 宝が 見つからなかったら?」

「その時は わしらも 道連れじゃ」

「本当に 宝は あるのかい」

「それは 間違いない!
だが 険しい 道のりだ
人間には とても 辿りつけんだろう
しかし 力持ちの 鬼たちなら
あるいは 宝を 見つけられるはずじゃ」

「・・・・・・・・・」

「ささやかながら 宴の用意をした
出発は明日 日の出とともに
今夜は おおいに 食べて 飲んでくれ」

「す すんげえご馳走・・・」

「遠慮するでない どんどん食べてくれ」

鬼たちの 食欲は
本来 半端じゃありません
しかし 村を 飢饉が 襲ってから
人間たちに 遠慮して
ほとんど 食べていませんでした

極限に おなかを 空かせた 鬼たちが
目の当たりにした この夜の ご馳走は
とても 理性で 抑えきれないほど
みりょく的に 映るのでした

「いただきまーす!」

久しぶりの あたたかな 食事に
ほだされてしまった 鬼たちの
この夜の 大宴会は
いと すさまじかったそうな

五.

 月が かすかに 沈みだしたころ
鬼たちは すっかり 酔いつぶれ
ごうごう いびきを 立てていると
集会場の 扉が 開き
中から そっと ひとりの 鬼が 出てきました

青鬼です

彼だけは この日 お酒の一滴も
食事の一口も 喉を 通らなかったのです

 青鬼は 月明かりに 照らされながら
小高い丘に のぼり
そよ風に 揺れる草の上で
静かに その腰をおろし
さみしそうに 夜空を 見上げています
すると 茂みから ひとりの影

「青鬼くん・・・」

「おみよちゃんかい こんな時間に
だめじゃないか 風邪をひくよ」

「青鬼くん わたし 青鬼くんと
離れるなんて いやだ!」

「・・・・・・」

「宝があるなんて 嘘よ!
そんなこと 言って 体よく
鬼たちを 追い出そうって
魂胆なのよ!行っちゃ だめだよ!
青鬼くん」

「知ってたさ」

「え・・・?」

「宝なんて 本当は 無いことくらい知ってる
鬼だって バカじゃないよ」

「それなら どうして・・・!」

「うれしかったんだ この村で 暮らせて
人間と同じように 生きられた
充分すぎるくらい ありがたかったよ
おみよちゃんとも 出逢えた
もう 何も 思い残すことはないさ
ここから 出て行くことが
きっと おれたち鬼が 人間にできる
恩返しなんだよ」

「勝手なこと いわないでよ!
わたしの きもちは どうなるのよ!
惚れた男に 捨てられるなんて・・・
それも 村の都合で!
あたし そんなの 納得できない!!」

「どのみち 君は人間で おれは鬼だ
一緒になんか なれっこないさ」

「そんなら あたしも 村なんか捨てる!」

「おみよちゃん そんなこと言っちゃだめだ
君は 人間の男と 幸せにおなり
おれは 今日まで 幸せだった
なんにも 悔いは ないよ」

「青鬼くん・・・いやだ・・・嫌だよう」

「おいで 最後に 抱きしめてあげよう」

「うわぁぁぁぁん!」

「よしよし・・・ いい子だから もうお行き
人に見られたら 厄介なことになる」

「青鬼くん わたし 待ってるから!
あの 神社の 鐘の前で
いつまでも いつまでも 待ってるから!
だから きっと 帰ってきてね」

「・・・」

「嘘でもいいから そう 言って・・・」

「わかった きっと 帰ってくるよ」

おみよちゃんは 目にいっぱいの 涙を浮かべて
走り去って いきました

残された 青鬼は こぶしが
壊れるくらい つよく 握り締め
絞るように か細く 言いました

「にんげんに 生まれていたらなあ・・・」

青鬼の 頬に 一筋 涙が 伝いました

鬼の目にも涙 ということわざが
生まれた瞬間です

 翌日 まだ 日も昇らないうちから
鬼たちは 叩き起こされ
ぜんいんで 村を 発ちました
人間は 誰も 見送りには きませんでした

六.

 長い 長い 旅でした
いくつもの 山を 超えて
いくつもの 川を 渡り
いくつもの 谷を 辿り

まる十日間 ほとんど 休みなく
鬼たちは 歩き続けました

「ここだ・・・」

「この 海から 出てる 船に乗って
東の方角に 行けば 宝の島らしい」

「まあ 宝なんか 無いんだろうけどさ・・・」

「もう言うな それじゃみんな行こう
船は十隻ある みんなで出航だ」

「えんやこーら えんやこーら」

 鬼たちは 持ち前の 力を 発揮して
すごい 速さで 船を漕ぎ
二刻も しないうちに
島の影が 見えてきました

 ところが それと 同時に
すべての 船が 浸水しだしました

「たいへんだ! 船が こわれる」

「ちくしょう 謀られた」

「みんな 海に飛び込め
ここからなら 泳いでいけないこともない
女と子どもを 溺れさせるな」

傀村の 人間たちの 謀です
鬼たちが 島に 着くころを
狙って ちょうど 壊れるように
船に 細工をしていたのです

さもなくば すべての 船が
同時に 浸水しだすなんて ありえません

鬼たちは 必死に 泳ぎ
いのちからがら 島へと たどり着きました

 たどり着いた 島は
村長から聞いていたような
「大きく 美しい島」とは
まったく 正反対の
「ちっぽけで 小さな島」でした
とても 宝なんて あるとは 思えません

 「わかってはいたけれど・・・」

「現実を 目の当たりにすると きついな・・・」

鬼たちは それぞれ 絶望に
打ちひしがれながら 砂浜に
座り込んでしまいました

 しかし 赤鬼が 岩場に よじのぼって
鬼たちに 発破を かけます

「よお みんな! うじうじしてても
はじまらねえよ!宝はなくても
俺たちには 仲間がいるじゃねえか!
今日から この島は 俺たちの島だ!
ここから また始めようじゃねえか!
鬼の 鬼による 鬼のための 島だ!
これからは 鬼の力だけで 生きるのも
悪くねえんじゃねえか!」

赤鬼の 言葉に 鬼たちの心は
熱く 揺り動かされました

「そうだそうだ!」

「俺 なんか 燃えてきた!」

「これからは 鬼だけで 生きるんだ!」

「やるぞ!」

「おー!」

「そうだ!それなら まずは この島に
名前を 付けなくちゃならねえ
赤鬼! どうするよ?」

「そうだなあ・・・よし こうしよう
この島の名前は 今日からーーー・・・・・・」

その日から この ちっぽけな島は
”鬼ヶ島”と 呼ばれることに なりました

七.

 それからの 鬼たちの
毎日は とても 充実したものになりました
寝床の確保や 食料の調達 島の探索
やることは めじろおしでした

木材を 組み合わせ 家を造る者
海にもぐって 魚や貝を とる者
山に入って 獣を 狩る者

長年 暮らした傀村での 経験により
ぎこちないながらも 鬼ヶ島は
住みやすい 島へ 変わっていきました

まいにち 暗くなるまで 働き
夜は へとへとになって ねむります
けれど 鬼たちの 心は とても
満たされていました

 人間に 気を遣って
食べ物を 遠慮することも
往来を避けることも
もうしなくて 良いのです

生かされてるのではなく
生きているという 実感が
彼らを ふんばらせました

「よう 赤鬼!あのよ
こんど 山の池から 竹をつなげて
水を引こうと 思ってるんだが
設計は これで 良いかしら」

「そうだな これでも充分だが
念のため もう少し 竹を 増やしたほうがいい
嵐がきても 壊れないくらいに」

「赤鬼さん!海水を こして
塩の 作成に 成功したよ!
今日の夕餉は ご馳走だよ」

「おお!やったじゃねえか
たのしみに 待ってるよ
俺も もう 腹ぺこだ」

「赤鬼さん 来週あたり
うちの 女房が ややを 生みそうだ
元気に 生まれてくると いいんだが」

「そりゃ めでたい!
なにも ないが 鬼ヶ島の みんなで
祝福するよ そうだ
赤ん坊に 祝いの品を 贈ろう
二 三日の うちに 届けるよ」

 もともと みんなの 大将格だった
赤鬼は ここでも その手腕を ふるいます
いまや 鬼たちは 赤鬼を
中心に 生活を 築き上げていきました

 「今となっちゃ 傀村を
追い出されたのも 良かったのかもしれねえなあ」

額の汗を ぬぐいながら
赤鬼は 腰につけた 水筒に
口をつけ しばし 休憩していると
むこうの 砂浜に 座って
海を 眺めている 青鬼を
見つけました

「海はいいなあ 青鬼」

「赤鬼さん」

「ここの生活には 慣れたか」

「・・・・・・」

「おみよちゃんか」

「吹っ切れたつもりだったんだけどね」

「ま 無理もねえ 村にいたころは
掟があったから 諦めもついたろうが」

「すまねえ おれ・・・」

「言うな お前の気持ちは 分かってるつもりだ
だがよ ここに おみよちゃんを 連れて来れるかい
無理な話だ 鬼しかいない この島の暮らしに
人間の娘が 耐えられるわけがねえ」

「わかってる」

「かといって おめえが 島を出て
おみよちゃんと 駆け落ちしたところで
どうやって 食わせる?
どこへ行っても 疎まれる 俺たちが
どうやって おみよちゃんを
幸せに してやれるってんだ」

「・・・そんなことはわかってるよ!!!」

青鬼の 怒鳴り声に
岩場に 集まっていた かもめの群れが
いっせいに 飛び立ちました

赤鬼と 青鬼 ふたりは
それから 無言のまま
しばらく 海を 眺めつづけました

どれくらい 時間が 経ったでしょうか
先に 口を 開いたのは 赤鬼でした

「どうしても 行きたきゃ 止めねえさ」

「赤鬼さん・・・」

「なあに おめえ ひとり いなくなったって
困りゃしねえよ さみしくなるだけさ
ま これが 人生って やつだろう
焦ることはねえ よく考えるんだな」

「ありがとう 赤鬼さん」

「へっ あんなに 泣き虫だった
青鬼がなあ 時間の流れは
はええもんだ」

「赤鬼さんには 子どもの頃から
お世話に なりっぱなしだったものね」

「覚えてるか? おめえが
まだ こんくらいだったころ
おめえ 寝小便 垂れやがって」

「その話は やめてくれったら・・・」

「かっはっは あんな見事な
寝小便の 日本地図
忘れたくても 忘れられねえよ」

「あははははは」

「かははははは」

 すると そのときでした

「あっ いたいた!おーい
赤鬼さんに 青鬼さん
たいへんだ!たいへんだ!」

「ん? 茶鬼じゃないか
いったい どうしたんだ!?」

「それが 大変なんだ
落ち着いて 聞いてくれよ
今 探索隊が この島の 奥に
洞窟を 見つけたんだけど
その 洞窟に あったんだ・・・!
大判小判の 財宝が!

「なんだってーーー!?」

赤鬼と 青鬼は 顔を 見合わせて
飛び上がりました

八.

 その晩 鬼ヶ島では
緊急の 会議が ひらかれました

 赤鬼が 壇上に 立って
話し始めます

「みんなの 耳にも もう入ってるだろうが
今日 探索隊が 島の洞窟で
宝を 見つけた おれもさっき
確認してきたが ありゃ
五千両は くだらないだろう
さあ みんな どうする?」

鬼たちは その金額を 聞いて
あわてふためきました

「ってことは その財宝を 持って
村に帰れば また傀村で 暮らせるってことか?」

「帰ったところで 居場所なんか ねえよ
おれたちが 見つけた 宝なんだから
おれたちで 使っちまえば いいじゃないか!」

「村長は 嘘をついていなかったってことか?」

「いや 偶然だろう さもなきゃ
女子どもまで 村を出す 必要がないし
ここへ 来たとき 船がみんな 壊れたじゃないか
追い出すつもりだったのは 間違いない」

「でも 現にこうして 宝が 見つかったのだから・・・」

 「ちょっと 待った!」

二転三転する 鬼たちの意見に
しびれを きらした 赤鬼は
すみっこのほうで おとなしくしていた
青鬼に 話しかけました

「青鬼! おめえは どう思う?」

「おれは・・・」

赤鬼が 青鬼に 意見を求めたのは
赤鬼なりの やさしさでした
おみよちゃんを 想う 青鬼の心は
今も 傀村にあるはずです
帰りたい そう言うと 思ったのです

しかし 青鬼の 出した答えは
意外な ものでした

「おれは その宝 手をつけちゃいけないと おもう
そして 村にも 帰らなくて いいと おもう」

紫鬼が 口を はさみました

「それじゃ 今のままで いいってことか?」

青鬼は 慎重に 言葉を 選びながら
ゆっくりと 話します
鬼たちは 青鬼の 言葉に
真剣に 耳を 傾けました

「そうだ 今のままでいい
たしかに それだけ あれば
一生 働かなくても 暮らしていけるだろう
だけど おれたちの 子どもは?
そのまた 子どもは?
そのまたまた 子どもは?
そのころには 金なんか 無くなってる
そいで 結局 散り散りになって
さみしく 暮らして いくんだ
それなら つつましくても
この鬼ヶ島で 一代でも 長く 生きることが
だいじだと おもう
たぶん 村長は 騙すつもりだったろうけど
でも おれ 人間を 恨んじゃいねえ
悪いのは 人間じゃなくて もっと 別の所にある
それが 何か うまく 言葉には できねえけど・・・
とにかく おれは 今のまま
みんなで 一生懸命 この島で
生きていくほうが いいと 思うんだ」

みんな 小さく 頷きながら
黙って 青鬼の 話を 聞いていました

生まれたばかりの 赤ん坊を 抱いた
鬼の母親は 涙を にじませています

赤鬼が 言いました

「聞いたか みんな おれは青鬼の意見に
全面的に 賛成だ」

すると 他の 鬼たちも

「そうだ そうしよう」

「そうだな 一族の血を
絶やさないことが だいじだ」

「この子に さみしさを 与えたくないわ」

「おれ 人間を 恨んじゃいねえ」

「おれもだ」

「おらも」

鬼たちの 気持ちは ひとつになりました

赤鬼は 笑いながら 言いました

「ようし 決まったな
生活は 今までどおりだ
財宝にも 手はつけない
人間は うらまない
そして 俺たちの 魂が
末永く 続くように あの 財宝を
護り神として 祀ろうじゃないか」

鬼たちは 立ち上がり こぶしをにぎり
かんせいを あげました

そこへ 鬼の おばばたちが
威勢よく 入ってきました

「あら ずいぶん 盛り上がってるね
さあさあ おなかも すいただろう
今晩は 塩焼きにした 魚だよ
それから 木の実と
今朝 とれたばかりの あさり汁だ
みんな たんと お食べ!」

鬼たちは わっと 食事に むらがり
ぱくぱく もぐもぐ がつがつと
おいしい 料理に 舌鼓

 けれど 赤鬼は みたのです
鬼たちの 隙間から
ひっそりと その場を離れる
さみしそうな 青鬼の 後姿を

九.

 それから 四年の 月日が 流れ
鬼たちの 生活は ずいぶん 変わりました
傀村で 暮らしていたときほど
優雅では ないにせよ
この島にあるものは すべて
自分たちで 工夫して 得たものばかり
むかしより むしろ 生き生きと
しているではありませんか

鬼たちの 住む 家も もうずいぶん
立派な ものなっていたし
食事に 困ることも ありません
小規模ですが 畑を 耕すことにも 成功し
少ないながらも お酒なんかも
作って 飲めるようになりました

酒好きの 多い鬼の男たちは
これを たいへんに よろこび
月に一度の たのしみとして
まいにち せっせと はたらきました

 忘れてならない 財宝ですが
しっかりと 洞窟の奥に
結界を はって 祀られています
日が沈むと まいにち 交代で
見張りにつき
日が昇ると まいにち たくさんの鬼が
この財宝に お祈りに やってきました

 お年寄りの鬼が 亡くなると
鬼ヶ島の者 ぜんいんで 悲しみ
鬼の子が 生まれると
鬼ヶ島の者 ぜんいんで 祝福しました

 できあがってきた 鬼ヶ島での
生活は みんなを おおいに
みたして くれました

 ただひとり 青鬼を のぞいて

十.

 一方 そのころ 傀村では
四年前ほどの 飢饉こそ 去りましたが
一度 落ちた 評判は なかなか 戻らず
かつ 鬼の 労働力も 失い
今では 広大な土地を もつわりに
どちらかと いえば かなり 貧しい村へと
変わっていました

 「いらっしゃい・・・ 八重吉さん また来たの」

「ごあいさつだねえ おみよちゃん
とりあえず いつものだ いつもの 持って来てくれ」

「なんでしたっけ」

「いい加減 覚えろよな
みたらし三本に あったかい お茶だよ
どうも お前は 俺に 冷たいね」

「・・・別に 普通です」

「いいや 冷たいね
ふん おおかた まだ あの鬼のこと
想ってんだろ もったいない
綺麗な 顔が 台無しだ
ま 忘れられないのも 無理はねえ
鬼の 精力は 凄いって 話だから
ま そっちに かけちゃ 俺も
少々 自信ありときてる
どうだい おみよちゃん
あんな あおっちろい 鬼なんか 忘れて
今夜あたり 俺んとこに 夜這いに・・・」

おみよちゃんは だんごの のったお皿を
割れんばかりに 机に たたきつけました

「お待ちどうさま!みたらし3本に
熱いお茶! お会計 7文!
食べたら さっさと 帰ってください!!!!」

「おいっ 客に 向かって
なんだ その態度は! ちっ・・・!」

むかしは さっぱりした 性格で 評判だった
八重吉も 今では すっかり
ねちっこい 人間になってしまいました
無理も ありません
傀村の ひとびとの ほとんどは
かつての 豪華絢爛な 生活が
忘れられず その上 お金が 無いものだから
常に 怒りっぽく 陰気になっていたです

 おみよちゃんだけが あのころと
かわっていませんでした

(もういやだ・・・こんな村・・・
青鬼さん・・・会いたい)

おみよちゃんが 青鬼のことを
考えない日は ありません

鬼たちが 村を去ってから 四年間
毎日 お店が 終わると
むかし 青鬼と 待ち合わせした
神社の 鐘の 前で
何時間も 待つのが 日課になっていました

(ちくしょう・・・おみよのやつ・・・許せねえ・・・!)

冷たく あしらわれた 八重吉の 怒りは
めらめらと 燃え上がって いきました

十一.

「また 今月も 芳しくないのう」

月に一度の 村の会議での 議題は
もっぱら 畑の 不作を 嘆くことか
各家庭の 不平不満で 持ちきりでした

どこそこの 家のほうが
食料の 分け前が 多かったとか
どこそこの 家では
財産を 隠し持っているとか
そんなことばかりで
おみよちゃんも いい加減 うんざりですが
かつて 自分が 出席しなかったばかりに
鬼たちを 追い出したことに
異を 唱えられなかったのを
いまでも 後悔しているため それ以来
つらくても 毎月 欠かさず 出席しています

「ところでよう 鬼たちのやつら どうしてっかな」

村の男が ふと 言いました

「いまごろ ぜんいん 死んでるんじゃないの」

「もういいよ あんな奴ら」

「いや あんがい 生き残ってるかもしれない」
鬼の生命力は 凄いって話だぜ」

みな 鬼たちのことには 関心があるらしく
くちぐちに 話し出しました

 「そんならよ!」

八重吉が 大声を 張り上げました

「そんなら 俺が ちょっくら 様子を
見てくるよ なに 見るだけさ
どうだい 村長 かまわんだろ」

「ちょっと 待ってよ あたしが 行く!」

おみよちゃんが 名乗り出ました
しかし 八重吉は ははんと
鼻で 笑います

「おみよ 女のおめえが
鬼のいる 島まで 行けるわけないだろう
男の足でも 一ヶ月は かかる
その間 店は どうするんだ?ん?
おとっつぁんに 店を 任せて
倒れでも したら どうするんだ?」

「それは・・・そうだけど
もし 鬼のみんなが 元気にしてたら
どうするのさ!」

「そうさな そんときゃ
また うまいこと 言って
連れて 帰るさ あいつらの
労働力があれば またこの村も
潤うかもしれねえ」

「そんな 身勝手なこと 許されないわ!」

「それに ”あいつ”が 帰ってきたら
お前だって 願ったり
叶ったりじゃねえのか?」

おみよちゃんは 口を つぐみました

「へ 決まりだな そんじゃ
俺が 鬼の 様子を 見てくる
連れて 帰れそうなら 連れて帰る
それでいいな? みんな」

 多数決の結果 八重吉は
明後日 傀村を 発ち 鬼たちの様子を
見に行くことになりました

 おみよちゃんは 悔しそうに
八重吉を にらみつけましたが
八重吉は へんと 鼻を 鳴らして
涼しそうな 顔を していました

十二.

 翌日 八重吉は
また おみよちゃんの 団子屋に
現れました いやらしい 男です

「いらっしゃい・・・ 八重吉さん」

「よう おみよちゃん 昨日ぶり
いつもの 持って来てくれ」

「はい・・・みたらし三本と あったかいお茶ですね」

「へ 今日はえらく素直じゃねえか
ま だいたいのことは わかってるけどな
書いてきたんだろ よこしな 届けてやる」

おみよちゃんの 青鬼への 想いを
知っている 八重吉は
ずいと 手を出しました

「かならず 渡してくださいね」

 おみよちゃんは ふところから
分厚い 便箋を 取り出すと
八重吉に 渡しました

そうです この四年間の
想いを したためた 青鬼への手紙です
きらいな 八重吉といえど
今 頼れるのも 彼だけです

「たしかに 受け取ったぜ
はん なんだか いい匂いがしやがる
匂い袋でも こすりつけたか?
恋する乙女は 健気だねえ」

「やめてください・・・」

「ま 意地の悪いこと言っても仕方ねえ
おう おみよ こないだは 悪かったな
下衆いこと 言って
あれは おめえを 試したんだぜ
おめえが 青鬼に 惚れた気持ちが
変わってないか いっちょ
かまを かけたってわけさ
俺に任しておけ
この 手紙は 必ず届けて
返事も もらってくるからよ」

「・・・・・・」

「はん 信じてねえって面だな
まあ いいや お勘定」

「七文です・・・」

「そんじゃ また」

「あの・・・八重吉さん・・・
手紙 ほんとうに よろしく 頼みますね」

 八重吉は へん と 笑いながら
店を あとに しました

(ふん まったく 傑作だね
おみよの あの面ときたら!
信用できねえってのが
顔に 書いてあらあ)

八重吉は 川沿いの 土手を
歩きながら 預かった手紙を
ひらひらと 空に かざします

(おみよ・・・まったく おめえの)

そして 手紙を 両手で にぎり

(人を見る目は たいしたもんだ・・・・)

びりびりに 破いて 川へ 捨ててしまいました

十三.

それから およそ 一ヶ月後
八重吉の 姿は 鬼ヶ島に ありました

「ようやく 着いたぜ 遠いったら ありゃしねえ」

岩場の影に 船を 止め
こっそり 上陸した 八重吉は
ぶつくさ 文句を 言うばかり

「来てみたは いいが
ほんとに いるのかね?
こんな ちっぽけな 島で
生き延びられる とは
とうてい 思えねえが・・・
おや・・・?」

八重吉は 浜辺のむこうに
吊るし木を みつけました
近寄ると 魚の 干物が
いくつも ぶらさがっています

(生き残ってるのは 間違いねえな・・・)

鬼たちが 生きていることに
確信を 抱いた 八重吉は
干物を 何匹か 盗み
懐へ しまうと 森の中へ
潜んでいきました

(俺が ここに 来てることを
知られちゃ まずい
日が暮れるのを 待って
鬼の 手がかりを 探すとするか)

 じき 鬼ヶ島に 夕日が 射しはじめ
あたりは とぷんと 暗くなってきました

行動を開始した 八重吉は まず
森の 中心を 目指して
北の 方角に ぐんぐん 歩いていきます

 三十分ほどでしょうか
八重吉は 茂みの向こうに
灯りを 見つけました

(おや・・・)

八重吉が 注意深く
足音を 沈めながら 近づいていくと
そこでは 鬼たちが 盛大に
宴会を 開いていました

(なんだ あいつら 鬼の分際で
すっかり 良い暮らししてやがる・・・)

悔しくなった 八重吉は つい
地団駄を 踏んでしまうと
落ちていた 枯れ木を 踏んでしまい
ぱきっと 音が 鳴りました

「誰だっ!!」

 鬼たちの 宴会が ぴたりと 止まります

鬼たちは それぞれ 自分で作った
棍棒を 手に 森を 見つめます

八重吉は 仕方なく 現れました

「ひ ひさしぶりだな 鬼のみんな」

かつて 鬼たちを 冷たく 追い出したことで
人間を 恨んでいると 思っている 八重吉は
へっぴり腰です

 ところが 鬼たちの 反応は 違いました

「八重吉さん・・・?
おいおい 八重吉さんじゃないか!
ひさしぶりだなあ!!」

鬼たちは 八重吉との 再会を 喜び
宴の 輪に まねきいれました

(どういうことだ・・・?こいつら
おれたちを 恨んでねえってのか)

八重吉は まだ 知らないのです
鬼が 人間を 恨まないと 決めたことを
そして 洞窟の 奥に 護り神という 名の
財宝が 祀ってあることも

十四.

 緑鬼が 八重吉の お猪口に
お酒を 注ぎます

「まあ ぐっと やってくれ 八重吉の旦那
まさか また会えるとは 思わなかったぜ!」

「元気だったかい 八重吉さん
なつかしいねえ 世話んなったなあ」

「八重吉さん うちの ややだ
抱っこして やってくれよ」

(なんでだ・・?)

八重吉は 不思議で たまりませんでした
あんなに 冷たく 追い出したのに
鬼たちの この 明るい笑顔
いったい なにが どうなってるのか
わかりませんでした

「おめえら・・・元気だったんだな」

八重吉は 戸惑いながら そう聞くと
鬼たちは 大笑いしました

「まあねえ!いろいろ あったさ
でも みんなで 力を 合わせて
なんとか やってるよ」

 八重吉は 率直に 聞いてみる事にしました

「あのよ! もう分かってっかもしれねえけど
あのころ 傀村は 大飢饉で
それで 俺たち 人間は おめえらを
体よく 追い出したようなもんなのに
どうして こんなに 歓迎してくれるんだ」

緑鬼が 言いました

「まあな・・・正直 あのあと しばらくは
落ち込んだけど 赤鬼を 筆頭に
みんなで 一致団結して
なんとか ここまで やってこれたんだ」

「なんとか やってこれたって おめえ・・・
もうすっかり 立派な村じゃねえか」

今度は 紫鬼が 言いました

「これだけ 鬼がいりゃあ 人間より働くさ
こうして 自分たちの 生活を
自分たちで 賄えるようになって
青鬼が いつか 言ったんだ
”この島で 静かに 暮らそう
人間を 恨んじゃだめだ”って」

(なるほど・・・そういうことか)

赤鬼が 八重吉の 隣に
どかっと 腰を 下ろして言いました

「ま そんなわけさ
ところで どうだい 八重吉さん
傀村の みんなは 元気で やってるか?」

八重吉は すこし 考えてから 言いました

「おおさ! みんな 元気で やってるよ
あのころと おなじか いや それ以上に
金も 作物も たんまりだ
何不自由なく 暮らしてる」

赤鬼は 顔を 綻ばせながら

「そうかい そいつは よかった
ところで おみよちゃんは 元気かい?」

「ああ・・・それなんだが
そういえば 青鬼は・・・?」

茶鬼が 言いました

「青鬼なら 今夜 見張り番だよ
島の 奥の 洞窟に いると
そうだ なんなら 八重吉さん
顔を 見せに 行っておいでよ
おれたちの 護り神も 見せたいし」

「茶鬼!」

赤鬼は 茶鬼を 注意するように
足を ぺしんと はたきました

「護り神・・・?なんだい そりゃ」

赤鬼は バツが 悪そうに 答えました

「なんでもねえ・・・いや なに
この 鬼ヶ島の 象徴みてえなもんさ
八重吉さんには 悪いが
これは 鬼の 宝物でね
見せるわけには いかねえんだ」

(・・・何か 隠してやがるな)

卑しい 八重吉は ぴんと きましたが
悟られては つまらんと
つとめて 明るい 表情を つくり

「へえ そんなものがね!
わかった それじゃ 護り神とやらは
見ないでおくよ
どこの 村にも 掟は あるもんだ
どれ 青鬼の 面だけ
ひとつ 拝んで 来ようかね」

八重吉は そういうと そそくさと
宴の 輪から 離れて 森の中へ
入っていきました

「赤鬼さん!どうして 八重吉さんに
護り神さまを 見せてあげないの」

茶鬼が 赤鬼に 訪ねました

「うん 俺たちに とっては 護り神でも
人間にとっちゃ ただの 金だろ
金は 争いの 元だからね
俺 ちょっと 心配だし
八重吉の 後を 追うよ
お前らは 楽しんでいてくれ」

赤鬼は 八重吉を つづいて
森の中に 入っていきました
しかし 不穏な 胸騒ぎが とまりません

(しかし・・・どうも変だ
傀村の 現状を 聞いたときの・・・
あの 妙な 間・・・
豊かに 暮らしてると 言ったわりに
着てる身なりは ずいぶん 古かった・・・
だいたい 傀村が 豊かなら
どうして 今さら この島へ
やってきたんだ?)

ざくざくと 草を 踏みながら
赤鬼は 急いで 洞窟を めざします

「・・・厄介なことに ならねえと いいんだが」

美しい 満月の 白い あかりが
赤鬼の 不安を いっそう 煽りました

十五.

 青鬼は 洞窟の 前に 座り
こっくり こっくり うたた寝を していました
夢の中に 出てくるのは
決まって おみよちゃんです

かつて 村のために
おみよちゃんへの 想いを
断ち切ったかのように みせていた
青鬼でしたが その心の奥には
いつも おみよちゃんが いたのです

 村の 掟を 守るため 青鬼は
おみよちゃんに 指一本
触れませんでしたが
あの日 月の ひかりの 雫の下で
たった 一度だけ おみよちゃんを
抱きしめた 感触は
今も しっかりと 残っています

その 記憶を 手繰り寄せるように
青鬼は おみよちゃんの 夢を 見るのが
なにより 幸福な ひとときでした

 夢の中 おみよちゃんは
神社の 鐘の前に います
青鬼が 手を振ると おみよちゃんは
ぴょんと 跳ねながら

「青鬼さん!」
と 手を 振り返します

「おみよちゃん! ごめん 待った?」

「ぜんぜん あれ どうしたの
顔色が 悪いよ?」

「だから~この顔は 生まれつきなの!」

「そうかしら 熱でも あるんじゃない?
おでこ かして」

「あわわわ おみよちゃん 近いよ」

「青鬼さん・・・口吸いしてあげる」

「だ だ だ だめだよ おみよちゃん!」

「目を閉じて 青鬼さん・・・」

「お おみよちゃん・・・」

「青鬼さん・・・」

「おみよちゃん・・・?」

「青鬼・・・」

「おみよちゃん なんか 声が低い・・・?」

「青鬼!!!!!」

「うわっ!!!!!!」

青鬼が 飛び起きると
目の前には 八重吉が 立っていました

十六.

「八重吉さん・・・? どうしてここに」

青鬼は まだ 夢を 見ているのかと
頬を 抓ってみましたが これは 夢ではありません

「まあ あれだ お前らが 元気に
してるか 様子を 見に来たのさ
それで 青鬼が ここだって 聞いてな
だめじゃねえか 護り神の前で
居眠りなんか しちまったら
護れるもんも 護れねえぞ」

青鬼は 目を こすりながら
小さく 頭を下げ 座りなおしました

「ほかの みんなとは?」

「ああ さっき会ってきた
元気そうじゃねえか 安心したぜ」

「傀村の みんなは元気なの」

「おーおー 元気も元気
みんな あのころより 裕福に
暮らしてるよ」

「そう・・・それは なにより」

「おめえらが 心配することはなにもねえよ
ずっと この島で 暮らしていくんだってな?」

「まあ そのつもり」

「はん 護り神なんて 人間の真似しやがってよ
どれ なにが 祀られてるか
ちょっとばかし 見せてもらおうかね」

「え?あ・・・だめだよ 八重吉さん
ここは 神聖な 場所だから
他の者に 見せられないんだ
掟だから わるいね」

「ほう お前がこの俺に
掟を語るたあ 言うようになったじゃねえか
いつぞや おめえが おみよに
会いに 行こうと したとき
掟なんざ 気にすんなって
言ってやったのは
どこの 誰でしたっけねえ?」

「そんな 八重吉さん それとこれとは」

「おんなじだろう なあ 青鬼
なにも 掟を 破って どうこうって話しじゃねえ
ただ ちょっと おめえらのいう
護り神ってのを
拝見しようってだけじゃねえか」

「・・・八重吉さん だめだ それは」

「見せてくれたら おみよのこと
教えてやってもいいぞ」

「・・・!?」

「悪い話じゃねえだろ
なに お前と俺が 口裏を
合わせて 黙ってりゃ ばれや
しねえって さあどうする?」

「八重吉さん・・・」

青鬼の こころは ぐらぐらと
揺れていました
今にも 護り神のもとへ
八重吉を 案内しようか 迷いました
額に 油汗を 浮かべながら
誘惑を 理性で 抑えていたのです
それでも 青鬼は 立派でした

「八重吉さん すまない!
こればっかりは 譲れねえ
俺たち 鬼が 必死になって
護ってきた ものだ
どうか かんにんしてくれ」

青鬼は 地面に 頭をこすりつけながら
八重吉に あやまりました

「けっ なんでえ 骨のねえ!
掟の ひとつも 破れねえで
なにが 鬼だ! なにが 護り神だ!
女の 腐ったような 奴だな
てめえは!」

八重吉が あやまりつづける
青鬼の おなかに 蹴りを 一発
ぶちかまそうと した そのとき

「あやまることはないぞ!赤鬼!」

闇夜を つんざく ひとりの 鬼が
現れました 赤鬼です

(ちっ 邪魔が 入りやがった)

「八重吉さん 改めて忠告する
この洞窟の先にある 護り神は
おれたちの 宝物だ
こればっかりは 誰にも
見せるわけには いかねえ
青鬼が ここまで やってるんだ
潔く 去るのが 男ってもんだろう!」

「嫌だと 言ったら?」

赤鬼は 眼光を 血走らせながら
低く おそろしい 声で 言いました

「俺ぁ 八重吉さんを ぶん殴るかもしんねえ」

これには さすがに 怯んだ 八重吉

「おう こわいこわい
鬼に ぶん殴られちまったら
ひとたまりも ねえや
わかったよ 引こう」

「明日には ここを 発ってくれるか
もう俺たちは 争いごとは こりごりなんだ
静かに 暮らしたい
望みは それだけなんだよ」

八重吉は 赤鬼と 青鬼の
両方を 交互に 見つめた後
くるりと 後ろを 向き
歩き出しました

「おい 青鬼」

まだ 土下座したままの青鬼に
八重吉は 声を かけます

「おめえの 意思の 強さには
おそれいったぜ
せいぜい この地で
暮らしていけばいいさ
最後に ひとつ 教えておいてやる
おみよは 嫁に いったぜ
・・・俺んとこにな」


「・・・!!!」

「・・・!!!」

赤鬼と 青鬼は 言葉を 失いました

「あいつも 薄情な 女だよなあ
お前らが 村を出てから
ほんの 一月もしねえうちに
八重吉さん あたしを 嫁にもらってと
きたもんだ 最初はおれも
渋ったんだけどよ
まあ あいつも いい女だからな
断る理由なんか めっけらんなかった
再来月にゃ 二人目が 生まれるんだ
せいぜい 祝福してくれや
そんじゃな せいぜい 仲良く
村ごっこでも してな 化け物どもめ」

「おい待て!八重吉! でたらめ言うと・・・」

赤鬼が 八重吉に 殴りかかろうと 詰め寄ります

「殴るのか いいぜ 殴れよ 殺せば いいさ
だがな 俺を ここで 殺すのは
簡単だが もし 今の話が
本当だったら?
おみよに 亭主を 失わせるってのか?
まだ ちいこい 子どもを
ふたりも 抱えさせて 稼ぎはどうする
夜鷹でも させるってのかよう!!」

「ぐ・・・」

 八重吉の話は 眉唾でしたが
嘘だという 確証も ありません
赤鬼の こぶしは ほどきました

「そうだ それが いちばん 賢いな
じゃあな 青鬼 二度と来ねえよ」

そういって 八重吉は 去っていきました

残された 赤鬼と 青鬼は 呆然と しています

 青鬼は 泣きました
たとえ 八重吉の話が 嘘でも 本当でも
いちばん 言われたくないことを
いちばん 言われたくない人から
言われてしまった 悲しみは
深く 大きな ものです

青鬼は 島中 響き渡りそうな
声で 咽び泣きました
赤鬼は そんな青鬼の
背中を さすり続けることしかできませんでした

 空は かすかに 白みはじめて いました

十七.

(あいつらの あの様子・・・
間違いねえ 洞窟の奥には
すげえもんが ある・・・!)

八重吉は そんなことを
考えながら 帰路に ついていました

(護り神だか なんだか 知らないが
ただの 仏像だ ってんなら
見せるのを あそこまで 断る理由がねえ)

八重吉は ひどく 興奮していたのか
行きは一ヶ月も かかった 道中も
帰りは 三週間と かかりませんでした

(赤鬼のやつが
”争いは もうこりごりだ”って 言ってたな・・・
ってことは 逆に言えば 俺たちに見せると
争いになりかねないものってことだ
そこから 考えると おそらく奴ら・・・)

八重吉は 口角を あげ
いやらしく にやりと 微笑みながら
ずんずん ずんずん 足早に
歩いていきます

(宝を 隠してやがるな・・・!!!)

 そして 傀村に 到着しました

十八.

 八重吉が 村を 離れていた
二ヶ月ほどの あいだに
村は いよいよ 貧しくなっていました

 どの家も 食べるものに 困っていて
新しい 着物を 買う余裕も ありません
そんな中 村はずれにある 老夫婦の家に
最近 子どもが 生まれたことは
「こんな ご時勢に 子作りなんて」と
顰蹙を買い 村八分まで されるほどでした

子どもが 生まれるたびに
村を あげて 祝福する
鬼ヶ島とは おおきな ちがいです

 八重吉は まず おみよちゃんのいる
団子屋に むかいました

「相変わらず しけた 店だな ここは」

「いらっしゃ・・・ 八重吉さん!」

「しばらくだな おみよ
おとっつぁんの 具合は どうだ?
ま とりあえず いつものだ
いつもの もってこい」

「それより 青鬼さんは!
青鬼さんは 元気だった・・・!?
手紙は 渡してくれましたか?」

おみよちゃんは 矢継ぎ早に
質問しましたが いじわるな
八重吉は いつもの すかした顔です

「まあ 落ち着け ああ 会ってきた
元気だったぜ だが まあ
これは 言っていいのかね・・・ううむ」

「なに?はっきり言って!」

「結論から 言うとな
青鬼のやつは もう結婚して
子どもも いるんだと」

「え・・・?」

「いやあ 俺も 驚いたぜ
あいつ おまえに ぞっこんだったくせによ
もう 嫁もいて 子どもも こさえてやがる
年の頃は 三つか 四つってとこか
さかのぼると 鬼どもが
村を出て行って すぐに こさえたんだなあ
青鬼も あれで けっこう ひでえことしやがるぜ」

「うそ・・・だ」

「うそもなにもよ この目で
ちゃあんと 見てきたんだから
間違いねえよ 幸せそうだったぜ
手紙も 渡したが 青鬼のやつ
おめえを おもいだすのも 苦労してたな
おみよ・・・?ってな 面して
あれで 案外 薄情というか なんというか」

がしゃん と お皿を 割れる音がしました
おみよちゃんの 手から お皿が
落っこちたのです

「うそよ うそよ そんなの 信じない
信じられない 青鬼さんが そんな・・・」

「おいおい おみよ
血相 変えて どうしちまったんだ
いいじゃねえか あいつが 幸せなんだから
お前が ここで どれだけ 待ったって
あいつと 結ばれや しねえのは
はじめから わかってた ことじゃねえか
いまさら 何を 悲しむことがある」

「うそ・・・うそ・・・うそ・・・」

「だめだ こりゃ 壊れちまいやがった
おい 親父!今日は もう 店を 閉めな
おみよが 使い物にならねえんじゃ
店が まわりっこねえだろ
休ませて やんな」

厨房から おみよちゃんの 父が
よろよろと 出てきて
おみよちゃんの 肩を 抱きました

「おみよや・・・一体 どうしたんじゃあ」

「おとっつぁん・・・あたし もう だめ!」

 おとっつぁんの 手を 振り払うと
おみよちゃんは 階段を 駆け上がり
二階の 自分の 部屋に 去っていきました

それから おみよちゃんは 部屋から
出られなくなってしまいました


十九.

「八重吉!その話は ほんとうか!?」

 村の 会議に 集められた 人々は
八重吉の 話に 驚きを かくせません

「ああ 俺も この目で 見るまでは
信じられなかったけどな
鬼の島では 奴ら 傀村より 何倍も 豊かに
生活してやがる それもただ
暮らしてるだけじゃねえ
あいつら とんでもない 財宝を
隠していやがった」

「財宝・・・!? まさか 追い出したときの
口実が 本当に あったってのか!?」

「それは わからねえ だが
あいつらが 島の 洞窟の奥に
宝を 隠してるのは 間違いない」

村の人々は ざわざわと 騒ぎ立てます

「おいおい なんてこった・・・」

「俺たちは いまも 貧しく暮らしているのに」

「なんで 鬼だけが」

「まあ 待て これは 俺も意外だったが
鬼どもは どうやら 俺たち
人間を 恨んだりは しねえらしい
現に この俺も 宴に参加して
もてなしを 受けたくらいだからな」

「そりゃ そんだけ 豊かに 暮らしてりゃ
恨む気なんか おきっこねえだろう」

「そこで おれは 考えたんだが
どうだね 鬼どもの その宝
根こそぎ 奪っちまうってのは・・・」

 八重吉の 提案に 村の人々は
口を あんぐり 開けました

「バカ 言ってんじゃねえよ 八重吉
奪うったって 俺たち人間の 力が
鬼に 敵うはずないだろう
どうやって 奪うってんだ
どだい 無理な 話だ」

村人が 口を 挟みましたが
八重吉は それを さえぎって つづけます

「話は しまいまで 聞くもんだ
そりゃ 俺たちが 刀や 鍬を 持って
襲撃を 仕掛けたって 勝てっこねえよ
相手は 鬼だからな
だったら はじめっから ひとりで 行かせりゃいい」

「ど どういうことだ」

「村の外れの じじばばの家に
最近 子供が生まれたそうじゃねえか
桃から 生まれた とか
どんぶらこ だとか
奇天烈な ことを 言ってるらしいが
相当な 力持ちと きいた そうだろ
桃太郎とかいう ふざけたガキさ」

「ああ あいつか」

「あいつなら 力持ちなのせに
見た目は まだ 小僧っ子だ
鬼も 警戒しねえだろうし
それに 鬼どもが 出て行ってから
生まれたガキだ 面も割れてねえ
おめえら あすこの 家を
村八分にしてるんだってな?
やることが 陰湿だね まったく
つまりだな その 桃太郎とか いうガキに
こう 言うんだ」

 八重吉は これ以上ないくらい
悪そうな 顔を していました
その 表情は 鬼よりも もっと
おそろしかったそうです

「桃太郎さん 桃太郎さん
鬼ヶ島に 住む 鬼たちが
人間の 宝を 奪っていきます
どうか 取り返してください ってな」

二十.

 翌日 村はずれの 老夫婦の 家まで
八重吉を 筆頭に
村人たちで 押しかけました

「邪魔するぜ」

おばあさんが 出てきました

「なんですか こんなに 大勢で
また うちへの 嫌がらせするつもりですか」

いったい 今日まで どれほど ひどい
村八分を 受けてきたのでしょうか
おばあさんの 目は 赤く 充血していました
きっと 夜も 満足に 眠れていないのでしょう

八重吉たちは どかどかと あがりこみ
家を きょろきょろ 眺めながら 言います

「おう ババア まだ くたばってなかったのか
しぶといもんだな 今日は そんな話じゃねえ
ジジイと ガキは どこだ」

八重吉の 声の迫力に 気圧された
おばあさんは すこし たじろぎながら 答えます

「お爺さんなら 山へ 芝刈りに 行きましたよ
桃太郎は たぶん 剣の 修行を
していると おもいます」

 囲炉裏に 手を当てて
八重吉は 声を 沈めながら 言いました

「そうか 本題へ うつろう
最近 傀村を 襲う 災いについてだが
おまえ 知ってるか」

「知りませんよ そんなこと
ただでさえ うちは 村から
離れているし それでなくても
桃太郎が 生まれてから
誰も 訪ねてきやしませんから」

「それでも 桃太郎の 強さは 轟いてるぜ
なんでも 剣を 握らしゃ
右に出るものは いねえってな」

「うちの 桃太郎に なんの用ですか!」

「つまりだな おめえさんらは
知らねえだろうが 最近
傀村に 昔 追い出した 鬼どもが
襲撃に来るんだ
そして ただでさえ 少ねえ 食べ物を
奪っていく うちだけじゃねえ
奴ら あっちゃこっちゃの 村を
襲っては 食べ物や 宝を奪い
歯向かえば 男は 殺され
女は 犯された あと 殺される
人間を 恨んでいるからな
見境いが ねえのさ
俺たちゃ 手出しできねえ」

「そんなことが・・・知りませんでした」

「そこでだ おめえんとこの 桃太郎の
強さを 見込んで ひとつ 頼みがある
桃太郎に 鬼を 退治してもらおうって
そういうことなんだが 行くよな」

おばあさんは かっとなって 言いました

「とんでもない!うちの 桃太郎を
そんな 危ないところへ 送るなんて
冗談じゃありません お引取りください」

八重吉は 頭を こりこりと 掻きながら
困ったように 言いました

「過保護だねえ そんなんじゃ
いつまで 経っても 子離れ できねえぞ
可愛い子には 旅を させろって
昔から よく 言うじゃねえか」

ずい と おばあさんに 近寄りながら
八重吉は 続けて 話します

「桃太郎が 行くってならよ
俺が 村の連中に 言って
村八分を やめさせてやる
うまく 宝を 奪い返せば
桃太郎は 英雄だ
お前らにも 分け前は やるさ」

おばあさんが 言葉を 失い
立ち尽くしていると
戸が 勢いよく ひらきました
そこには 桃太郎が 立っていました

「おばーちゃん! ぼく やるよ!
悪い鬼たちめ 許せない!」

八重吉は にんまりと 笑いながら
おばあさんに 言いました

「ほれ見ろ 桃太郎も こう言ってるじゃねえか
男が 決めたことは 女は黙って従わなきゃな
明日までに 考えておけ
決心が ついたら さっそく 出発だ
くれぐれも 頼むぜ」

おばあさんは 今にも 泣きそうになりながら
八重吉と 桃太郎を 交互に 眺めていました

二十一.

 「おかわりー!!」

かつかつと 食器が 箸に 当たる音がします
おばあさんは 茶碗に お粥を
よそって 桃太郎に 手渡しながら
言いました

「とにかくね わたしは 反対だよ」

芝刈りから 帰ってきたおじいさんは
おばあさんから 事のあらましを聞き
黙ったまま ぽりぽりと
菜っ葉の 漬物を かじっていました

がつがつと 箸を 勧める
桃太郎は おばあさんの 話を
無視し すっかり おかゆに 夢中のようです
漬物を 飲み込んだ おじいさんが
ゆっくり 口を ひらきました

「わしも 反対じゃ 桃太郎
かわいい お前を そんな 危ない所へ
行かすわけには いかん
お前は 鬼を 見たことがないだろう
そりゃ 大きいんだぞ
かつては この村にも 住んでおって
仲良く 暮らして おったそうじゃが
飢饉が 来てな 追い出されたんじゃ
鬼は きっと 人間を 恨んでおる
そんな 所に おまえが 行けば
たちまち 殺されてしまうよ」

「そうですよ わたしらは ここで静かに
三人で 仲良く 暮らすべきです
なにも むざむざ 殺されに 行くことはないです」

ふたりの 会話を 無視して
桃太郎は がつがつと お粥を 食べ続けます

「おい 桃太郎・・・聞いておるのか?」

お粥を 食べつくした 桃太郎は
どんと 茶碗を 囲炉裏の 縁に
置き 威勢よく 言いました

「おじーちゃん!おばーちゃん!
ぼく もう決めたんだ 悪いことする
鬼は 許せないし 懲らしめなくちゃ
ぼくは 桃から 生まれた 桃太郎だよ
日本一の 男だよ
鬼も 倒せないで 日本一だなんて
笑われちまうよ」

おじいさんと おばあさんは 困っています

「それに・・・ぼくのせいで
おじーちゃんとおばーちゃんが
村の人たちから 疎まれてるの 知ってるよ
見ていられないんだ
ぼくが 鬼を 倒せば きっと 生活も 良くなる
ここで やらなきゃ 男じゃないよ」

桃太郎は かいていた あぐらを 解き
正座をして 座りなおすと
ふかぶかと ふたりに 頭を 下げました

「だから おねがいです
どうか 僕を 行かせてください
だいじょうぶ 危ないと 思ったら
すぐ 逃げてくる
後生だから 行かせてください」

桃太郎の 真剣な まなざしに
とうとう 根負けした おじいさんと
おばあさんは 鬼退治の 旅に
出ることに これ以上の 反対は
言えませんでした

二十二.

 翌日 傀村は 桃太郎の話題で
もちきりでした

「おい 聞いたか 村のはずれの
桃太郎が 鬼の 宝を 奪ってくるんだと」

「なに あすこの 子どもは ついこの間
生まれたばかりだろう」

「いや それがさ とんでもねえ
速さで めきめき 成長してんだよ
背丈で いやあ 十五歳くらいは あるぜ
桃から 生まれたってのも
あながち 嘘じゃないかもな
それだけじゃねえ 剣の腕前も
滅法 強え って 噂だ」

「しかし 貧乏くじ 引かされたなあ
なんでも 八重吉の 作り話を
信じちゃってるそうじゃないか」

「らしいぜ あすこの 家は
村の外れにあるし 桃太郎は
生まれてこの方 鬼を 見たこともねえしな
口の達者な 八重吉に
ころっと 騙されてやがる」

「馬鹿というか 純粋というか
おっと 静かに 桃太郎の おでましだ」

気の早い 桃太郎は 昨晩のうちに
旅に出る 準備を 整えていました

桃の 刺繍の 入った 裃に 鉢巻
長い刀を 差し 草鞋を履いて
背中には 大きく 「日本一」と 書かれた
旗を 背負っています
そして その お腰には
おばあさん 自慢の 吉備団子

「ぷっ なんだい あの格好
田舎侍も いいところだな」

「馬鹿 聞こえるぞ
人柱になるんだ 村を出るまでは
ばれないように しとかなきゃ
よっ 日本一の 桃太郎!
どうか この 村を 救ってくれ!」

「おねがいします 桃太郎さん
どうか この村の 奪われた宝を
取り返してください」

「きゃー!桃太郎さん 格好いいー!
結婚してー!きゃっきゃー!」

これまで 村の人々から 冷たく
扱われてきた 桃太郎に とって
その 喝采は とても 嬉しいもので
鼻が たかい 思いです

「みなさん!」

桃太郎が 振り返ると
たくさんの 村人たちが 集まっており
その ひとりひとりに 聞こえるくらい
大きな 声で 桃太郎は 言いました

「ぼく きっと 悪い鬼を 懲らしめて
帰ってきます
長く 険しい 旅に なるでしょう
だけど ぼくは くじけません!
それまで みんな 力を 合わせて
この村を 守ってください!
おじーちゃんと おばーちゃんを
どうか よろしく!
それでは いってまいります!!」

わああと 歓声が あがり
村の 人々は 桃太郎を 崇めます
桃太郎は くるりと 前を 向いて
歩き出しました

 桃太郎の 冒険の はじまりです

 「桃太郎や わたしの かわいい 桃太郎や
かならず 帰って来るんだよ」

涙が止まらない おばあさんの 肩を
おじいさんは 抱きかかえ
だんだんと 遠ざかっていく
桃太郎の 後姿を いつまでも
眺めていました

 もちろん 村人たちは
桃太郎が 行ってしまうや
やれやれ 行った行った と
蟻の子を 散らしたように
去っていきました

二十三.

 桃太郎が 村を 出てから 一月
おみよちゃんの 団子屋は
のれんが 閉まったままです
八重吉の 話を 聞いて おみよちゃんは
立ち直れなくなり お店を
あけたくても あけられない 状況でした

「少庵先生 娘は おみよは いかがでしょうか」

少庵先生は この村一番の お医者さまで
おみよちゃんの おとっつぁんとは
古い 付き合いです

「なんともいえませんね・・・
体は なんとも ありませんが 心が
ふかく 傷ついて いるのでしょう
蘭学の 限界です おみよさんの
望むことは できるだけ してあげて
回復を 待つしか ないでしょう」

 あの可愛かった おみよちゃんが
こんなに やつれてしまい
おとっつぁんは かわいそうで
見ていられませんでした

「おみよ・・・腹 減ってねえか 団子 喰うか?」

「・・・・・・・・・・・・」

「おみよ・・・」

「・・・・・・・・おとっつぁん」

「どうした・・・? おみよ」

「あたしが この 店を・・・
おとっつぁんを 捨てたら
おとっつぁん かなしむよね」

「おみよ・・・」

「おとっつぁん ごめんね 心配かけて」

「おみよ あやまるこたねえ
おめえは なんにも 悪くねえ」

「おとっつぁん お願いがあるの」

「なんだ どうした おみよ
なんでも 言え」

「神社に 行きたいの 鐘の前に 行かなくちゃ
昨日も 一昨日も 行ってないから」

「おみよ そりゃいけねえ
体に 障るぞ 寝てなきゃならねえ」

「行かなきゃ・・・ 待ってる・・・
行かなくちゃ・・・」

「おみよ・・・!」

 おみよちゃんは 立ち上がると
ふらふらと 家を出て
一目散に 走りだしました

 外は 激しい 雨が 降っていました

二十四.

 びしょ濡れになりながら
おみよちゃんは 神社を 目指しました
青鬼が いるかもしれない
青鬼が きてるかもしれない
そんな 思いで 何度も 通った道を
おみよちゃんは 一心不乱に
走り続けます

雨で 地面が ぬかるんでいたために
なんども ころびました
着物は 泥で 汚れてしまいました
それでも 懸命に 走り続けます

 あの角を 曲がれば 神社です
階段を のぼれば 境内です
境内を とおれば 鐘があります
そこは 青鬼と 約束した 場所です

おみよちゃんの 頭の中は
青鬼で いっぱいでした
不器用だけど せいいっぱい
自分を 大切にしてくれた
青鬼で いっぱいでした

 鐘の前には 青鬼がいました

「やあ おみよちゃん」

「青鬼さん 待った?」

「いいや 今 来たとこだよ
どうしたの 顔が 青いよ
まるで おれみたいだ」

「青鬼さん あたし 会いたくって」

「うん ごめんね 待たせたね
こんな 雨の中 わるかったね
さあ おいで 抱きしめてあげよう」

「青鬼さんっ!!」

 おみよちゃんは 青鬼の 胸に
飛び込みましたが その体を
すり抜けてしまいました

おみよちゃんが 見ていたのは
青鬼の まぼろしだったのです

「どうしてよ・・・」

「どうしていないのよ・・・」

「帰ってくるって言ったじゃない・・・!」

「待たせちゃだめって 言ったじゃない!!!」

 雨は 降り続けるばかりです

かえるは 飛び跳ねて
かたつむりは 殻に こもり
あじさいが 咲き
遠くで かみなりが 落ちました

 おみよちゃんは ここしばらく
溜まっていた かなしみを
爆発させるように 何時間も 何時間も
うずくまって 大きな声で 泣きました

 やがて 涙が とまったころ
おみよちゃんは 静かに 立ち上がり
境内に 腰掛け ぼうっと
空を 眺めました
雨は いっこうに やむ気配がありません

かみなりは まだ ごろごろと
うなりを あげています

 すると そこに 村の男が
ただごとじゃない 様子で やってきました

「あっ!おみよちゃん!ここに いたのか
たいへんだ さっきの かみなりが
おみよちゃんとこの 店に 落ちて
おとっつぁんが 怪我を してる!
急いで 戻れ!!」

「えっ・・・」

おみよちゃんは 血相を 変えて
家に もどりました

二十五.

 おみよちゃんが 見たのは
変わり 果てた 店の姿でした
子どものことから 何年も
働いた お店が
木端微塵に こわれていたのです
みらたしに つかう 秘伝の たれが
入った 大切な つぼも
割れてしまっていました

「おとっつぁんは!?」

「こっちだ!おみよちゃん!」

 人だかりの 中心で
おとっつぁんが 倒れていました

おみよちゃんが 駆け寄ります

「おとっつぁん!おとっつぁん!」

 足と手に ひどい 怪我を負った
おとっつぁんは 苦痛に 顔を ゆがませています
見るからに 重傷でした

「おみよか・・・すまん 怪我をした・・・
もう 団子屋は・・・ 廃業だ・・・なあ」

「喋っちゃだめ・・・!おとっつぁん!」

「おみよ・・・ 一度しか言わねえ
ようく 聞け・・・
おめえ 心の中に・・・ しこりがあるだろう
何年も 抱えてる・・・でかいのが・・・
それが・・・なに・・・か
おおかた 想像は・・・ つくが
男親ってのは 駄目だなあ
年をとるほど・・・ 頑固になりやがる・・・」

「おとっつぁん もうよして・・・!」

「おめえの その しこりは・・・
店があるから・・・ どうしようもできなかった
ちがうか? おれの・・・せいなんだ おみよ
おれが おめえに 負担ばかり・・・
かけちまってたんだ・・・
おみよ・・・思えば 子どものころから
おめえには 迷惑ばかり かけちまった
これは その 罰かもしんねえな・・・
はぁ・・・はぁ・・・」

「いやだ・・・いやだよ おとっつぁん」

「自分のやりたいこと・・・
それに 素直に いきるのは・・・
決して 悪いことじゃねえ・・・
おみよ・・・ これからは 正直に生きろ・・・
おめえの・・・しあ・・・わせが
おとっつぁんの・・・い・・ちばんの
し・・・あわ・・・・・・」

「おとっつぁーーーーーーん!!!」




「それから・・・」

「うわっ!」

「なんだ・・・勝手に殺すんじゃねえよ・・・
痛えけど 死にはしねえ・・・
俺のことは 心配するな・・・
おめえは おれの 自慢の 娘だよ・・・
どこに いても 誰と いても・・・」

 おみよちゃんは おとっつぁんの
言葉に かみなりに 打たれたような
衝撃が はしりました

じっさいに かみなりに 打たれたのは
おみよちゃんじゃなく お店ですが
このさい そんな ことは 置いておきましょう
かたいことは 言いっこなしです

少庵先生が やってきて
おとっつぁんの 手当てを してくれました

「奇跡的に 命に 別状は
ないでしょうが なにせ この怪我です
とにかく 安静が だいいち
みんなで うちの 屋敷に 運びましょう
それから おみよさん これを・・・」

 少庵先生は おみよちゃんに
封筒を さしだしました

「親父さんが いぜん
なにかの 時の ためにと
わたしに 預けていた お金です
けっこうな 金額だ
傀村が 裕福だった頃から
こっそり 貯めていたんでしょうな
これだけ あれば 親父さんの
治療は もちろん 家だって 建て直せる
それでも まだ 余る ほどだ
どこに 行くかは 訊きませんが
旅に出るなら お金は 必要でしょう
これを あなたに お渡しします
では わたしは これで」

少庵先生は 去っていきました

 おみよちゃんは 渡された 封筒を
ぎゅっと 握り締め
とうとう 決心 しました

(青鬼さんが いま どうしているか
この目で 確かめるのが
わたしの したいこと・・・)

(おとっつぁん ごめん・・・)

「行かなくちゃ!鬼ヶ島へ!!」

ついに おみよちゃんも
傀村を 出ることにしました

二十六.

一方 そのころ 桃太郎はというと
田んぼ道を のんきに歩いておりました

「いやあ のどかだなあ」

お腰につけた きびだんご
ひとつ わたしに くださいな
とんとん 拍子で 犬 猿 きじが
仲間に なり 天気も 良いので
桃太郎は すっかり ご機嫌の 様子

「桃太郎さん!そんなのんきで
いいんですかワン!」

「そうですよウキ
ぼくら 鬼退治に 行くのですから
もっと 緊張感を 持ってくださいよウキ」

「そんなこと 言っても
この陽気だもの 自ずと
気分も ぽかぽかしてくるさ
それにしても 平和だなあ
本当に 鬼なんか いるのかな」

「なにいってるんですかウキ
ぼく 前に 住んでいた 山で
鬼を 見たことありますけど
そりゃあもう おそろしいのなんのって!
そんな 能天気だと
一撃で やられますよウキ!」

「へえ 猿くんは 鬼を みたことあるの」

「そりゃ ありますよウキ
おおきくって 角があって 牙があって
声も 低くて とにかく おそろしいんです!」

「犬くんは?」

「僕は 見たことないワン
でも 噂に聞く 鬼は
みんな おそろしいって 話ですワン!」

「鬼ヶ島には どれくらい 鬼がいるんだろう
ううむ こんなときは 兵法だ」

「ひょーほー?ひょーほーって
なんですかウキ」

「兵法 戦における
作戦の ことだよ
多勢に無勢は やっぱり 不利だ
ぼくら ぜんいん 合わせても
四人しか いないし
正面から 挑んでも 勝ち目は ない
作戦を 考えて 戦わなくちゃね
あっ キジさんが 帰ってきた
おーい キジさーん 偵察
どうだったー?」

「チュンチュン!桃太郎さん
この先を しばらく 行くと
小さな 村が ありましたチュン!
だけど 鬼ヶ島までは
まだまだ かかりそうですチュン!」

「うーん やっぱり 鬼ヶ島は 遠いねえ
急がなくちゃね こうしてる間にも
どんどん 村は 鬼たちに 脅かされてるんだから」

「桃太郎さん おなかすいたウキ」

「吉備団子なら もう無いよ
きみたち あれ 好きだねえ」

「えーもう 無いんですかウキ!」

「なぜか わからないけど
あれを 貰うと 桃太郎さんに
付いていかなくちゃ いけないって
気持ちに なるんですよワン」

「ちゅんちゅん!そうなんです
なんか へんなもの 混じってるのかと
思うほど 吉備団子を 食べると
桃太郎さんの お供がしたくなるんですちゅん!」

「宝を 取り返して 無事に 村に戻れたら
おばあさんに 頼んで
うんと 吉備団子を 作ってもらうよ
それまで なんとか 頼むよ みんな」

「やったウキー!」

「俄然 張り切りますねチュン!」

「鬼に噛み付いてやるぞワン!」

「みんな 頼もしいねえ
どれ 今日は 暗くなってきたから
キジさんが 見つけてくれた
村に 寄って行こう」

 桃太郎と そのお供たちは
わいわい 楽しく 旅を 続けました

二十七.

 「へえ 傀村から 旅を
そりゃあ 偉いですねえ まだ小さいのに」

桃太郎たちが 立ち寄ったのは
傀村から ずいぶん 離れた
三途村 という 小さな 村でした

 親切な村の おばあさんが
桃太郎に 声を かけて
今晩 泊まらせてくれることになったのです
今は おばあさんの家で
夕ごはんを ご馳走になっています

「うん!ぼくの生まれた傀村で
鬼が 来ては 宝を 奪っていくんだって
悪い連中だよ それを取り返すために
鬼ヶ島を 目指して
ぼくは こうして 旅に出てるわけさ」

すると おばあさんは 首を 傾げました

「鬼がですか? はて
ここ三途村には 鬼の 襲撃なんて
一度も ありませんけどね・・・
山へ行くと たまに 見かけますが
たいてい ひとりぼっちで
悪さなんか しませんよ」

「言っちゃ悪いけど この村は
ずいぶん 小さいからね
鬼に 目を付けられてないんじゃないの」

「あら 失礼な それじゃ言わせてもらいますけど
傀村なんて 広いばかりで
ここ 三途村より よっぽど 貧しいのですよ
何年か 前までは 裕福だったと
聞いたけど 飢饉が 来てから
すっかり 火の車だそうじゃないですか」

「え そうなの」

傀村から 出たことがない桃太郎は
はじめて そんなことを 聞き 驚きました

「ええ そうですとも
ここだけじゃないですよ
鬼が 襲撃に来たなんて話
聞いたこともありません」

桃太郎は どきっとして
箸を 止めましたが
おばあさんと おじいさんの顔を
思い出しました

 無茶を 言って 飛び出してきた手前
今さら 帰るわけにも いきません
桃太郎は 唾を ごくりと 飲み込んでから
お粥を 一気に かきこみました

「とにかくね 桃太郎さんや
行くというなら それは あなたの問題で
わたしに 止める権利なんて
ありませんがね 鬼というものが
どういう生き物で 真実が
どこにあるのか 両の眼で
しかと 見定めなくては なりませんよ」

 桃太郎は 心配そうに 見つめる
おばあさんを じっと 見つめながら
無言のまま 囲炉裏を 眺めていました

「さあ もう 遅いから
そろそろ 休みましょう
離れに 布団を 用意しています
お供さまがたは もう
眠られて いますから」

おばあさんは ふっと 蝋燭を消し
さっさと 寝てしまいました

 床に入るしか よんどころない
桃太郎は 布団に 潜って
天井を 眺めながら
ぼんやり かんがえごとを 続けます
犬 猿 きじは もうすっかり すやすや
彼らの 寝息だけが 聞こえる
静かな 夜でした

(どうも 腑に 落ちない)

(傀村の 人の 話だと
鬼は とんでもない 悪党だと聞いたけど)

(あの おばあさんの話では
そんな風には 感じなかった
嘘を ついてるようにも 見えなかったし)

(もし ぼくのやってることが
無意味な ものだとしたら・・・)

桃太郎は 不安に かられましたが
すぐに おじいさんと おばあさんのことを
思い出しました

(いや!この旅が うまくいけば
ぼくは 英雄になれるんだ
村の人から 仲間はずれにされない
あんなの もう こりごりだ
行くしかないんだ 行くしか・・・)

ーーー真実が どこにあるのか 両の眼で
しかと 見定めなくては なりませんよーーー

おばあさんの 言葉が 頭に
ひっかかって なりませんでしたが
桃太郎は ぷるると 頭を ふり
寝返りを うって わざとらしい
いびきを かきながら 無理やり
眠りに つきました

二十八.

 桃太郎の 葛藤も 知らず
鬼ヶ島での 暮らしは
以前と 変わりありませんでした

 いえ 変わりなく は いささか
正確では なかったかもしれません

傍目で見る 暮らしぶりは
ちっとも 変わっていませんが
鬼たちの 人間に 対する警 戒心は
前よりも 強くなっていました

 あの晩 八重吉が しでかしたことは
他の鬼たちの耳にも はいり
たいへんな 憤慨を 生みました

無用心に 宴に 招き入れたこと
護り神の 存在を 知られたこと

みんな それぞれ 心の中で
後悔していましたが
中でも 赤鬼は しきりに 後悔し
もう 何日も 誰とも 口を 聞いていません
家に こもりっきりで ときおり

「うがあああああ!!!」

と 叫び声が 聞こえるばかり

これには 赤鬼を 大将と 慕う
ほかの鬼たちは とても 心配しました

おのおの 自分の仕事に 打ち込む 傍ら
もし また 人間たちが やってきて
宝を 奪われたら どうしよう と
言葉にこそ しませんが
胸の中が そわそわと さわぎます

鬼ヶ島は 前よりも すこし
かなしい 雰囲気に そまっていきました

二十九.

 もう 何日 経ったでしょうか
赤鬼の 家の 戸が すーと 開きました
ろくに ごはんも 食べず
風呂にも入らず ひげも 伸びきった
赤鬼の前に 立っていたのは
青鬼 でした

「青鬼・・・」

「赤鬼さん ひさしぶりだね・・・」

「すまねえ・・・おれは・・・」

「なにも 言わないでくれ 赤鬼さん」

「いや!言わせてくれ!
おれが あのとき もっと強引にでも
八重吉の 野郎を 引き止めていたら!
ぶん殴ってでも 島から 追い出していれば
護り神のことを 知られることも なかったし
おみよちゃんのことにしたって・・・」
すまねえ 青鬼!」

赤鬼は 涙を 浮かべながら 青鬼に 謝りました
子どもの ころから みんなの 大将で
強く 優しい 赤鬼が 涙を 流したのは
はじめての ことでした

「赤鬼さんに 涙は 似合わないよ
頭を あげてくれ 話がある」

 青鬼は 赤鬼の 両肩を
がしっと 掴みながら 勢い良く 話しました

「悔やむ気持ちは とても よくわかる
おれだって あのとき
赤鬼さんが 来てくれなかったら
おれは 八重吉に ほだされて
うっかり 宝を 見せていたかもしれねえ」

赤鬼は まだ 肩を 震わせていて
青鬼を 直視できませんでした
だけど 声で わかります
青鬼は なにか だいじな 決心を
もってきたということを

「おれ かんがえたんだ
おれ バカだけど かんがえた
おれ この目で 真実を 確かめたい」

 赤鬼が ゆっくり 顔を あげると
ここ何年か 見たことのない
青鬼の 凛々しく 優しげな まなざしでした

「赤鬼さん おれ この島を 出る
おみよに 会いに 行く」

 その まなざしは 赤い 炎に 満ちていました

三十.

 青鬼の 告白に
赤鬼は とうとう 声を だしました
涙を すっかり とまっています

「お・・・おまえ ほんきか?」

「うん」

赤鬼は すこし うろたえながらも
なんとか 言葉を さがします

「だって この 島 出て どうするんだよ・・・」

「わからない 決まっているのは
おみよに会う それだけだ」

「それだけって おまえ・・・」

「赤鬼さん 聞いてくれ
おれは この島が 好きだ
島の みんなが 好きだ
もちろん 赤鬼さんも 大好きだ
ここにいれば ずっと 平和に
暮らせるかもしれない」

青鬼の 真剣な 声に
赤鬼は 胸が どきどきと 痛みます

「そう 思って 四年間 ずっと
自分の 気持ちを 抑えてきた
だけど 心に あるのは
おみよの 事ばかりなんだ
何度も わすれようと おもった
何度も 消し去ろうと おもった
だけど どうしても できなかった
わかったんだ
報われなくてもいい
見返りは いらねえ
ただ この島を 出て
あと 一度だけ
一度だけでも おみよに会えたら
それだけで あとの 人生が
どんなに さみしくても
ここにいるより ずっと 幸せだと おもうんだ」

 ちいさいころから 青鬼は
泣き虫で 恥ずかしがりでした

どこへ いくにも 赤鬼の 後ろを
ついてきては 行く先々で
また わんわん 泣くので
赤鬼にとって 青鬼は
本当の 弟のように 可愛い存在でした

 その青鬼が いま 自分の人生を
自分の力で 決めようとしていることに
赤鬼は とても 驚きました

「本気なのか・・・?」

「本気だ」

「決めたんだな」

「決めたんだ」

「・・・・・・・」

「赤鬼さん 行かせてくれ」

「わかった 好きにしろ」

赤鬼は それだけ 言って
青鬼に 背を 向けました

青鬼は 赤鬼の その さみしそうな背中を
見ながら そっと 家を 出て行きました


三十一.

 その日に 開かれた
月に 一度の 鬼の会議は 滞りなく 進みました

しかし 終わりごろ 青鬼が

「みんなに 話しがある」

と 言って 壇上に あがりました

「突然だけど おれ この島を 出る」

 青鬼の 言葉に 他の 鬼たちは
一瞬 静まり返った後で
すぐさま 驚嘆の 声が あがりました

「なんで わざわざ」

「この島を 出て どうするんだ」

「いくあてが あるのか」

鬼たちは 口々に 声を あげましたが
青鬼は 落ち着き払って
ひとつひとつ 丁寧に 答えました

「ここを 出ねえと おれは 一人前になれねえ」

「どうもしねえ ただ出るだけだ」

「いくあてなんかない」

 見たこともない 青鬼の 静かな迫力に
ほかの 鬼たちは 気圧されました
しかし そこに 年寄りの 紅鬼が
口を 開きました

紅鬼は 赤鬼の おじいちゃんです

「みんな わかってやれ・・・
青鬼には やりたいことが あるのじゃ
それは 誰にも 止められやせんよ・・・」

 もごもごと 小さく けれど 芯の通った声の
紅鬼の 発言に 皆は 目を 伏せました

「青鬼・・・いつでも 戻ってこい
ここは お前の 故郷なのだから」

 紅鬼の ひとことで 鬼たちはみな
堰を切ったように 泣き出しました

青鬼も また みんなから 愛されていましたから
仲間を 失うのは とても 辛いことです

「いつでも顔を見せろよ」

「お前は鬼の仲間なんだからな」

「体に気をつけろよ」

「おれのこと忘れんなよ」

みんなが 青鬼の 周りに集まって
泣きながら 言いました

青鬼も みんなから 理解を 得られたことに
ほっと 胸を 撫で下ろしながら
ありがとう ありがとう と 答えました

 だけど ひとつだけ 気がかりでした
それは この場に 赤鬼が いないことでした

三十二.

それから 一週間後
みんなで 大急ぎで 作った
いかだに 乗った 青鬼は
海に 立っていました

別れのときです

 島の鬼 ぜんいんが 青鬼との
別れを 惜しむため
駆けつけてくれました

「みんな ありがとう
見送られるってのは いいもんだな」

ひとりひとりと 固い握手を
かわし あいさつを すませると
青鬼は くるりと 大海原に
体をむけ ゆっくりと 櫂を 漕ぎ出します

「それじゃあ 行ってきます!」

 凪いだ海の 静かな波音と
鬼たちの 鼻を すする音が
かさなっていくにつれて
青鬼は 最後に 赤鬼に
会いたかった と 思いました
怒っているかも と 切なくなりました

「ちくしょう!赤鬼さんは こんなときに
なんで 見送りに 来ないんだよ!」

鼻汁で ぐじゅぐじゅの 紫鬼が
嗚咽をもらしながら 言いました

 すると そのとき

「青鬼ーーーーーー!!!!!」

耳を劈くような 赤鬼の
大きな 声が 響きました

青鬼が 振り返ると
赤鬼は 岩場に よじのぼって 立って
片手に 大きな 旗を 持っています

この 岩場は 四年前
はじめて 鬼ヶ島に やってきたとき
赤鬼が みんなに 発破を かけた
あの 岩場です

青鬼が 手を 口に あてながら
あふれる 涙を 流していると
赤鬼は もっと 大きな声で
さけびました

「・・・・・・おまえが いなくなっても
なんにも 困りゃ しねえんだぞ!!!
どこへでも 行っちまえ馬鹿野郎ーーー!」

青鬼は 大粒の 涙を 流しながら
こくん こくんと 無言のままに
なんども なんども うなずきました

「ちょっと さみしく なるだけだーーー!!!
うぬぼれんじゃねえぞーーー!
だから・・・だから 青鬼!!!!」

赤鬼は 声が 嗄れるのも おかまいなしに
どこまでも 届きそうな声で 叫び
持っていた 旗を 両手で ひろげて 見せました

「もう 寝小便するんじゃねえぞーーー!!!!!」

ばたばたと 風で 揺れる 旗には
青い 絵の具で 彩られた
日本地図が 書かれていました

 青鬼は とうとう こらえきれなくなり
むせび泣きながら 胸いっぱいに
空気を 吸い込んで 叫びました

「行ってきますっっっっ!!!!!」

 青鬼が 大人に なった 瞬間でした

三十三.

  「チュンチュン!桃太郎さん
ここ しばらく 浮かない顔してますけど
どうかしたんですかチュン!」

桃太郎の 顔の 真横で
ばたばたと 喧しい キジが 言いました

「そうですよワン!三途村に
泊まった日から どうも様子が 変ですよワン!」

「おなか痛いウキ?」

三匹の お供は 心配そうに 桃太郎の顔を
覗き込みました

「うん・・・いや そんなことないよ
ごめんね 心配をかけて」

桃太郎は お供に心配をかけまいと
精一杯 表情を 作りましたが
それは すこし 引きつった笑いでした

「な~んか 変だワン」

「そんなんじゃ 鬼に一撃でやられますよウキ!」

「鬼ヶ島にも かなり 近づいているんですから
腹を 括って くださいよチュン!」

「えっ もう そんな 近いの?」

「この分だと あと 二日もあれば
着くと 思います チュン!
いいですか 桃太郎さん!
鬼のやつらを 見つけたら
ぜんいん こらしめて 宝を
奪い返すんですよチュン!」

「あの・・・そのことなんだけど」

 桃太郎は ぴたりと 足を止め
お供の三匹を 見渡し
遠慮気味 ながらも
いま 自分が 考えてることを
話し始めました

ほんとうに 鬼が 悪いことを したという
証拠は なにもない
現に 三途村の おばあさんは
鬼に対して 悪い印象を 持っていなかった
もし 傀村の でっちあげだとしたら
ぼくは 英雄どころか とんでもない悪党になる

そんな ような ことを 話しました

「う~ん なんとも 言えないワン」

「かといって ここまで 来て
引き返すのもウキ・・・」

「そうなんだ ぼくだって 村の連中に
啖呵を 切って 出てきた手前
おめおめ 引き返すわけには いかない」

「とにかく 行ってみるだけ
行ってみましょうよチュン
ここで 話していても なにも 分からないし
行けば すべてが わかります チュン
行きましょう 桃太郎さん!」

「うん・・・そう だね!
悩んでいても はじまらない!
鬼ヶ島へ 向かおう
みんなには 苦労を かけるね
あと しばらく 辛抱しておくれ」

「なにを おっしゃいますかウキ!
ぼくら 吉備団子が もらえるなら
どこにだって お供しますよウキ!」

 頼もしい 三匹の お供たちの おかげで
迷っていた 桃太郎の 心も
ようやく 固まりました

三十四.

 とにかく 鬼ヶ島へ 行く
あとのことは それからだ と
決心してからというもの
桃太郎たち一行は 寝る間も惜しみ
徹夜で 鬼ヶ島を 目指しました

 いつしか 桃太郎の 心から
鬼を こらしめよう とか
英雄に なろう とか
そんなものは なくなり
ありのままの 真実を
探求しようとする 情熱に
みちあふれていました

そして 翌々日の 夜明け
一行は ついに
あの 鬼ヶ島へと その足を 踏み入れました

「ここだワン・・・」

「ついに 着いたチュン」

「ここが 鬼ヶ島だ・・・」

「いよいよですね ウキ」

桃太郎一行が 緊張の 面持ちで
島全体を 眺めながら
しばらく 無言のまま
立ち尽くしていると

「あなたたち だれっ!?」

と 声が あがりました

驚いて 振り返ると
さざえを 抱えた 女の鬼が
海から あがってきたところでした

「にんげんが この島に なんの用っ!?」

女の鬼は おびえながら じりじり
後ずさりしながら 叫びました

「僕は 桃太郎 ある村から来た
君らに 聞きたいことがある
鬼の 大将と 会わせて 欲しい」

桃太郎は 敵意が ないことを
報せるために両手を 広げ
訴えかけるように 女の鬼に
近づきましたが
女の鬼は あわあわと あわてふためき
両手で 持っていた さざえを
その場に 打ち捨て
森の中へ 逃げていきました

「どうも 歓迎されてないらしい・・・」

桃太郎は 嫌な予感を
胸に 携えながら
女の 鬼が 逃げていった森の中へ
そろり そろりと はいっていきました

三十五.

さて 一方 その頃 青鬼はというと
深い 山のなかを 駆けずり回っていました

 天狗よりも もっと 速く
風のように 走っていきます

目指すがどこか わかりません
青鬼は 自分が どこを 走っているのか
皆目 見当も つかないのです

 なにせ 四年ぶりに 鬼ヶ島を
出たので 傀村への 帰り方も
覚えていないのです
人に 訪ねようにも
自分の 姿を 怯えられて
まず 話にならないでしょう

それだと いうのに 青鬼は 走り続けます
いったい 何本 鋭利な 枝を 踏んだことでしょう
青鬼の 足の裏は もう 血まみれです
痛みが ずきずき 響きますが
それでも 青鬼は 走り続けるのです

 おみよちゃんの ことを 想うと
いても たっても いられなかったのです
走らずには いられなかったのです

 夢中に なって 森を 走っていたそのとき
青鬼の 目の前が 急に
ぱっと 明るくなりました

そして 地面の かんかくが ありません

(あっ・・・)

いっしゅんの のち 青鬼は
断崖から まっさかさまに
おっこちて しまいました

三十六.

 「うっ・・・う~ん・・・」

全身の 激しい 痛みで
目を 覚ました 青鬼は
ずいぶんと 古びれた
せまい 小屋の 中に ありました

いったい ここは どこだろうと
身体を 起こそうと すると
また ズキン と 胸や 足が 痛みます
すると ぼろい布の 仕切りが
しゃっと 開き
年老いた 鬼が ひっそりと 入ってきました

「よう 目ぇ 覚めたかい・・・」

その鬼は 青鬼の 横に
どしんと 腰を 据えると
じっと こちらを 見つめています

「あの・・・あなたは」

「わしか・・・わしは 墨鬼
ここいらの 山で 生きとる
一昨日 川辺を 歩いていたら
おぬしが 倒れてるのを 見て
ここまで 運んできてやったのさ・・・」

「そうですか・・・それはお世話に
えっ!今 一昨日って言いました?
いけねえ こうしちゃいられねえ
すぐ 行かなくちゃ!あつつつ・・・」

「無理すんじゃねえ・・・
生きてるのが 不思議なくらいだ
おおかた 崖から 落ちたんだろう・・・
まぬけな やつめ くくく・・・」

墨鬼は 痛みに 悶える青鬼を
せせら笑いました

「だけど おれは 行かなくちゃならんのです
いっこくも はやく」

「鬼に そんな 急ぎの用が あるとは
思えんがな いったい なにを
そんなに 急いとる・・・」

 はやる気持ちとは うらはらに
全身の 痛みに 耐えかね
ぽふんと 枕に 頭を 落とした
青鬼は 天井を 眺めながら
これまでの ことを 墨鬼に
話しました

 自分は 傀村に 住んでいたこと
そこで おみよという 娘に 惚れたこと
けれど 飢饉が 来て 村を 追い出されたこと
島での 生活は 豊かだったが
満たされない 想いが あったこと
そんなとき 傀村の 人間が
島へ やってきたこと
それを きっかけに 島を 出たこと
そして おみよに 一目 会いたいこと

 何時間が 経ったでしょうか
ようやく 話の 時間軸が
現在に 戻ってきたころを 見計らって
墨鬼が ひざを ぱしぱし 叩いて
笑い出しました

「がっはっは こりゃ 傑作だ
寝取られてるかもしれねえ
女のために 優雅な島を出て
崖から 落っこちたなんて
お前さん とんだ傾き者だな
転落人生とは まさにこのことだ
がっはっは」

これには さすがに ムッとした
青鬼は 痛いのも 忘れて
がばっと 起き上がり

「あなたに なにが わかるんですか!」

と 怒鳴ったところ

墨鬼は 小さく 笑いながら

「ああ ようく わかるぜ・・・」

と 答えました

「わしも おまえと おなじだからな・・・」

そのとき 青鬼は はじめて
この 年老いた 墨鬼の 顔が
とても さみしいものだと 気づきました

三十七.

あれは もう 何十年 むかしのことだろう
まだ わしも わかく 元気だった
物心ついたときから ひとりで暮らしておってな
まあ それは 鬼にとって
めずらしいことでも なんでもないが
友達なんか ひとりも いなかった
だが さみしくは なかった
とうぜんだ 最初から いないのだから
さみしいという 気持ちが そもそもない
わしは 来る日も 来る日も
山を 駆けずり回っては
生き物を 捕らえ 暮らしていた
ときどき 山の中で
にんげんと 鉢合わせることもあるが
どいつも こいつも みんな
虎か 熊でも 見たように おびえ
逃げ去っていった
それが おもしろくてな
わざと にんげんを 待ち伏せして
驚かしたりして あそんでいたんだ
しばらく 続けると
みんな そのとき 持っていたものを
置いていくことに 気づいた
食べ物や 金 ときには 刀まで
おびえながら さしだすのさ
もう 狩りなんか しなくていい
これからは にんげんを
おどかしてれば いいんだ なんて
ふざけたことを 考えていたのさ
半年も 続けたころだろうか
いつものように いつもの場所で
待ち伏せして 驚かしたら
急に 目の前が まっくらに なって
気がついたら ひっ捕らえていた
あとで わかったんだが
囮だったんだろうな
わしが 油断したところを
隠れていた にんげんの
毒吹矢で ぶすり って わけさ
生け捕りになってからの
日々は 地獄だったぜ
逃げようにも 手枷 足枷 首枷 が
ぜんしんに 百個だ
身動き ひとつ とれやしねえ
ご丁寧に 目隠しまで してやがる
その状態で そうさな
八年くらいだったか
くらい くらい 蔵の 中で
誰とも 話さず ひとりぼっち
糞尿は 垂れ流し
飯は 十日に 一回
わずかな 残飯を 与えられる程度
まあ 発端は わしにあるから
自業自得だがよ・・・
とにかく みじめだった
とにかく 死にたかった
殺せ だれでも いいから はやく殺せ
そう 思っていた
ところが ある日 ぎいと
倉の戸が 開く 音がした
誰か来た 誰かが来た
わしは うれしくなって
話しかけたさ
どちらさまですか ってな
だが そいつは 答えない
もういちど 聞いた
どちらさまですか
やはり 答えない
やがて ふたたび 倉の戸が開き
そのひとは 去っていった
いったい なんだったのか
ふしぎに おもっていると
一月後に また 倉の 戸が開いた
その次は 二週間後
その次は 一週間後
それから 三日おき
さいごには まいにち 来てくれるようになった
なんども 話しかけた
だが そのひとは なにも 話さない
いつも 無言で 立っているだけなんだ
わしは いつしか そのひとに
いろいろと 話しかけるようになった
今まで どうやって 生きてきたか
なにを 感じ なにを 考えてきたか
自分の これまでの 行いを
どれだけ 悔いているか
話し続けた
それだけじゃない 野鳥のうまい
食い方や 毒キノコの見分け方
虫除けの方法 好きな花の 特徴
ありと あらゆる ことを 話したよ
楽しかった たとえ
どれだけ 話しかけても
返事を くれなくても
そこにいるだけで うれしかった
それだけが 毎日 たのしみだった
しかし ある日 わしは 辛抱できなくなり
ああ 日々出づる 君よ
どうか その お顔を 一度 見せてはくれませんか
それが 能わぬなら せめて 名前だけでも
どうか どうか と 呼びかけ続けた
けれど その日も また 去っていった
そして それから 何日も 姿を
見せなかった
ところが ある夜の 晩
ふたたび 倉の戸が あいた
あのひとだ あのひとだ わしは
うれしくて たまらなくなった
それだけじゃない そのひとは
わしの 手枷足枷首枷を
すべて 外して くれたのだ
しかし そのひとの 顔は 見れなかった
なぜか 目隠しの 布だけは
取らずに 去っていったのだ
気配が なくなったころ
目隠しの布を ゆっくり 外したが
誰も いやしねえ
いったい あのひとは 誰だったのか
まぼろしだったのか
そんなはずがない
こうして 体は 自由になったのだから
わしは 蔵を にげだし
いつしか この山で 暮らすように なった
必死だった 必死だったさ
だれとも 関わらず いきることに
必死だったのさ
けれど 頭の片隅には いつも
あのひとが いた
ちょうど 今の お前さんのようにな
かたときも 忘れたことはない
だが 顔も 名前も 声すらも
わからない 人を 想うのは つらいものだ
あれから 五十年が 経った
わしも 年を とったよ
もう そう 長くは ないだろう
残り 少ない 人生は
静かに 暮らそうと 思うのさ
ここは さみしいところだが
なに わし ひとりくらい どってことねえ
いいか 若いの
生き物には それぞれ
器量という ものがある
身の丈にあった 生活を
さっさと 身に付けるこったな
さいわい お前さんには
帰る場所が あるそうじゃないか
今すぐにでも 帰れ
さもないと わしのように
死ぬまで さみしく
生きなくちゃ ならねえぞ
そう 死ぬまで・・・

三十八.

 墨鬼が 話し終えるころには
あたりは すっかり まっくらになっていて
蝋燭もない 墨鬼の 家は
ほんの 鼻の先も 見えません

ましてや 墨鬼の体は
墨色なので まじで 見えません
青鬼は 声を 頼りに はなしました

「それでも・・・おれは 行きたいんだ」

墨鬼は ふーと ふかく ため息を つき
掌で 顔を ごしごし かきながら
呆れたように 言いました

「青鬼とか いったな
おまえの その 若さに 任せた行動は
きらいじゃないぜ
だが やるだけ むだだ
にんげんの 娘っ子に
惚れて なにが どうなる」

青鬼は からだが 痛いのも
忘れて がばっと 立ち上がりました

「どうにも ならなくても 恋は 恋だ!」

 すると 墨鬼は かすかに 微笑みながらも
やれやれと いった表情で
しずかに 言いました

「とんだ 大馬鹿野郎だな
わめくんじゃねえよ 獣が起きる
最近の 若いのは どうも
風情ってもんを 知らねえらしい」

「お世話になりました
ここを 行きます さようなら」

青鬼は 胸を 押さえながら
よろよろ 墨鬼の家を 出て行こうと
仕切りの 布を しゃっと 開けました
すると 墨鬼が 言いました

 「ここから 北へ 三百里」

青鬼が ぴたりと 足を とめます
墨鬼は もう一度 言いました

「ここから 北へ 三百里行ったところに
ちいせえ 村が ある
じじいと ばばあ ばかりの 村だ
なんでも 最近 そこに
若い 娘っ子が 訪ねてきたそうだ
奇妙な 女でな
鬼ばかり 住む 島は どこだと
聞いてまわっているらしい
このあいだ すこし 遠出して
獲物を 捜していたとき
人間が 話しているのを 聞いたぜ」

青鬼が 振り返ると
月明かりで 照らされて 墨鬼の
顔が はっきり 笑っているのが
わかりました

「それが お前の捜してる女か
どうか 保証はねえ
だが あてがないより マシだろう」

青鬼は 月明かりに 負けないくらい
目を 輝かせながら
墨鬼に 抱きつきました

「おい やめろ 気持ち悪い
さっさと 行きやがれ 若造が」

青鬼は ふかぶかと
頭を 下げ 走り去っていきました

よっこいしょ と
墨鬼は 立ち上がり
去っていく 青鬼の 後姿を
眺めながら 小さく 言いました

「若さに 任せた 行動は・・・
きらいじゃねえぜ」

「がんばれよ 青鬼」

 青鬼は ふたたび 走り出します
ひとすじの 希望を いだいて

 三十九.

 「ほんとに 悪いわねえ
すっかり 迷惑かけちゃって」

「ぜぇぜぇ・・・いいのよ
おばあさん ぜぇぜぇ 気にしないで」

 首筋に 汗を 伝わせ 息を 切らしながら
おみよちゃんは おばあさんを
背負って 山道を 歩いていました

「あたしは 目が不自由でねえ
そのくせ 好奇心だけは 旺盛なものだから
こうして 出かけるんだけど
杖を どこかに 無くしてしまってねえ
帰るに 帰れなくて 困っていたんですよ」

「そう・・・なん・・・だ ぜぇぜぇ・・・」

いくら ちいさな おばあさんと いえど
腕の 細い おみよちゃんには
ずっと 背負っているのは
なかなか こたえるものが ありました

(こんなとき 青鬼さんがいたら)

きっと 青鬼なら おばあさんを
ひょいと 抱えあげて
どこへでも 連れてってあげるだろう
おみよちゃんは そう 思いながら
唇を かみしめ 一歩ずつ あるきます

「あら いい匂い・・・?
ねえ!きっと 近くに 団子屋が あるわ!
ちょっと 休憩がてら
寄っていきましょうよ
あたし おごってあげる ふふふ」

盲目であることに まるで引け目を
感じさせない おばあさんの
まるで 少女の ような
無邪気な ものの言い方に
おみよちゃんは ほんのり
なごみながら
おばあさんを 団子屋まで
つれていきました

「ちょっとー!お店のひといらっしゃる?
わたしと このかたに お団子 ちょうだいな」

すると 厨房から
やせほそった 出っ歯の 男が
のそのそ やる気が なさそうに
あらわれました この店の 主人です

「へえへえ ただいま」

しばらく すると お団子が やってきましたが
なんだか 冷たくて 固くて
ちっとも おいしくありません

なんたって おみよちゃんは 団子屋の娘
おとっつぁんの 作る 団子で
育ったような ものだから
団子にかけては ちょっと うるさいです
しょうしょう 不満を 感じながらも
おなかは すいていたので
とにかく たいらげます

「ふふふ なんだか
あんまり おいしくないわね」

おばあさんが 小さな 声で
おみよちゃんに いたずらっぽく 話しかけました

そんなふうに はれやかに 言われると
そう 悪い気も しなくなってくるから 不思議です
おみよちゃんは このおばあさんのことが
好きに なっていました

「ごちそうさま!あなたは もう 召し上がった?
すいませーん! お勘定して くださるかしら?」

「へえへえ 四本で 十文に なりやす」

 すると おばあさんは 着物の
裾から かわいらしい 茶巾袋を
とりだして 言いました

「あたし 目が 見えないの
申し訳ないけど ここから
お代 とってくださる?
五十文は あるはずだから」

おばあさんは 茶巾袋を
お店の ひとに わたしました

「へえへえ・・・かしこまり・・・」

 店の主人は 茶巾袋を
覗き込みながら 不審な
動きを いっしゅん 見せました

「へえ じゃあ 十文 たしかに
へへへ まいどあり・・・」

「ごちそうさま また来るわ」

おみよちゃんは おや?と
思いましたが おばあさんが
両手を 広げて
ほんの 小さな 子どもみたいに

「おんぶしてえ」

と かわいく 言ってきたので
やむを得ず 背負い 店を 後にして
ふたたび あるきだしました

しかし しばらく 行ったところで
やっぱり おみよちゃんは
どうしても 気になってしまい
おばあさんに たずねました

「ねえ!おばあさん
ほんとに 茶巾袋には
五十文以上 あったんだよね?」

「そうね 今朝 家で
ひとつ ひとつ さわって
確認したから 間違いないわ
それが どうかしたの?」

「ごめん ちょっと 見せて!」

おみよちゃんは おばあさんを 降ろし
茶巾袋を 開けて
中を のぞいてみると
おみよちゃんの 予感は ずばり 的中

「やっぱり!三十文しかない!
十文 余分に 支払ってる!
さっきの 団子屋だ お勘定
ちょろまかしたんだよ
許せない!戻って 取り返しましょう」

正義感の強い おみよちゃんは
ぷんすか 怒りましたが
おばあさんは 気にしてないどころか
あらあら お見事ね と
のほほんと 言うのです

「なに 言ってるの おばあさん!
お金を 盗られたんだよ?
それも おばあさんの 目が
見えないのを いいことに!
卑劣だわ!」

おみよちゃんは 怒り心頭で
言いましたが
おばあさんは にこにこ しています

「おみよさん あなたは
ほんとうに 優しい 心を 持っているのね
あなたの 言うとおり さっきの人が
したことは 善い行いではないわ」

「それなら・・・!」

「けれど 正しいことをするだけが
人間じゃないのよ
善いことも わるいことも
みんな 背負い込んで 生きてるわ
それは 生き物の ごく自然な姿なの」

おばあさんの 穏やかな
話し方に おみよちゃんの 怒りは
ふしぎと ぷしゅぷしゅ 萎んでいきました

「さっきの人も わたし達にとっては
悪人でも 他の 誰かの前では
善人かもしれないじゃない?
いいのよ お金なんて
その おかげで わたしはあなたの
優しさを もっと 知ることができたわ
十文くらい 安いものよ」

おばあさんの 諭すような
優しい 話し方に おみよちゃんは
すっかり 納得し
ふたたび おばあさんを 背負いなおして
また 歩き出しました

「ああ 今日は 良い日だったわ
あなたに 知り合えて
美味しくない お団子も 食べられた」

おみよちゃんは なぜだか
泣きそうになってきて
無言の まま てくてく あるきます
なぜだか おばあさんを 背負っていても
ちっとも 重くないのです

それは きっと このひとが
軽やかに 生きているからだ
と おみよちゃんは 思いました

やがて 前方に 村が 見えてきました

「おばあさん 村が 見えたわ」

「向かって 左のほうに
大きな 屋敷が あるなら わたしの村よ
わたし あなたに お礼がしたいわ
ぜひ 今夜は うちに 泊まってらして!」

おばあさんの 家まで ようやく
たどりついた おみちょちゃんは
青鬼さんは 今 なにを してるんだろうと
思いながら ぼんやり 考えます

四十.

 鬼ヶ島は いま かつてないほどの
緊迫感に つつまれていました

桃太郎一行は 洞窟を 通せんぼしている
鬼たちと 対峙していました

刀は すでに 抜いてあります
お供たちも 臨戦態勢
ひとりと さんびきは
目の前の 何十人もの
棍棒を かかえた 鬼たちを
前に 興奮状態に ありました

 はじめて 見る 鬼の男たちは
話で聞いていたとおり
おおきな体と するどい牙
さしもの 桃太郎も
ぶるぶる 指の 震えが とまりません

 村を出た当初は 兵法だなんだと
息巻いていた桃太郎でしたが
三途村での 一件以来
作戦を 立てることを すっかり
忘れてしまっており
まさかの 特攻戦です
どうかんがえても 勝ち目は ありません

鬼たちの ふー・・・ふー・・・という
吐息は 今にも 襲い掛かってきそうな
おそろしさを 嫌でも 感じさせ
いよいよ 腰が 抜けそうです

しかし ここまで 来て
引き返すわけにも いきません

桃太郎は

(これは 武者震いだ これは 武者震いだ)

と 自分自身に 発破を かけながら
ずらりと ならんだ 鬼たちを
にらみつけていました

 ところが 震えていたのは
桃太郎だけでは ありません

じつは 鬼たちも 怖くて 震えていたのです

傀村で 戦なんて ありませんでしたし
にんげんたちに 言われるがまま
村から 追い出され
この島に 来てからも 鬼以外の
ものが やってきたのは
桃太郎を 除いて八重吉だけです

それでなくても 鬼は 争いごとが
きらいなのでした

 とはいえ 八重吉の 一件以来
警戒心を 強めていた
鬼たちは なんとしてでも
宝の 護り神を まもるため
棍棒を にぎるしかなかったのです

しかし 戦の経験のない鬼たちは
突如 たったひとりと 動物だけで
現れた 桃太郎に 得体のしれない
迫力を かんじ
やはり 手が 出ません
ふー・・・ふー・・・ と
荒く 息を 吐きながら
冷や汗を ぽたり 流すばかり

冷戦状態のまま かなりの 時間が
過ぎていきました

四十一.

 そうやって にらみ合ったままの
桃太郎と 鬼たちでしたが
洞窟の奥から 影が 見えました

もう おわかりでしょう
赤鬼です

この 全員が 緊張している状態のなか
赤鬼だけは 余裕しゃくしゃくに
つかんだ 棍棒で 肩を
とんとん たたき ぱんつを
なでながら のっそり 現れました

(こいつが 大将か・・・!)

赤鬼の 持つ 大将の雰囲気を
桃太郎は かんかくで 察しました

「この島に なんの用だ・・・
おめえは だれだ 名をなのれ・・・」

低く くぐもった 赤鬼に 声に
桃太郎は 口を ぱくぱくしましたが
負けてられないと 勇気を出して
言い返しました

「やい!鬼ども!
おまえらに きっ 聞きたいことがある!
人間の 宝や 命を
奪っていくと 聞いたが そっ
それは 本当かっ!!」

「知らねえな・・・」

赤鬼は どしんと 棍棒を
おおきく 開いた 足の 中央に
たたきつけ 仁王立ちで こたえました

その おそろしさは 筆舌に つくしがたく
いくらなんでも かんぺきに
悪いことを しそうな 顔面でした

「うっうそを つくな! ぼくは 桃太郎
お前たちが 悪い鬼なら
こらしめに やってきたんだ!
うそを つくと 承知しないぞっ!」

「知らねえつってんだろうがああああ!!!!」

まるで 大砲でも 撃ったかのような
赤鬼の とてつもない 怒鳴り声は
桃太郎のところまで びりびりと 響きました

 あのやさしい 赤鬼が
ここまで おそろしく 振舞うのには
理由が あります

それは 自分たちの 村を 守るためでした
さいわい 鬼の 見た目は
にんげんを おどろかすのに 最適です
こうやって びびらせれば
おそれを なして 逃げていくだろう と
赤鬼は かんがえたのです

 それも これも 鬼ヶ島に 住む みんなや
ここを 出て行った 青鬼の ためです

鬼の みんなが 不安なく 暮らせるように
青鬼が いつ 帰ってきても いいように
だいじな 鬼ヶ島を 守らなくては なりません

赤鬼は

(たのむ・・・このまま 逃げてくれ)

と 心の中で ねがいながら
いぜん 表情は 桃太郎を
にらみつけていました

 赤鬼の 迫力に 桃太郎は ぶっちゃけ
おしっこが 二 三適 もれましたが
それでも 心は くじけません

「いいや!良い鬼なら
そんな 怖い顔 できる はずがない!
洞窟の 奥だな!
そこに 宝を 隠している!
ちがうか!」

 あまりに 桃太郎が 震えるために
刀が がちゃがちゃと 鳴ります
だんだん 目頭が 熱くなってきて
涙が 零れ落ちそうになりました

「おっ おまえらがっ!
ひぐっ!悪党なら!ひっぐ!
ぼくは 倒さないと いけない!
じゃ じゃ じゃないと 村の
おじいさんと おばあさんは
ずっと いじめられるんだっ!
うっ うっ ひっく ひっく」

 桃太郎は 恐怖で 足が すくみます
おじいさんと おばあさんの
顔も浮かびます
村人たちに 冷たくされた 日々を
思い出します
三途村の おばあさんの ことが
頭に ちらつきます

ごちゃまぜに なった 感情は
桃太郎を いっぱいいっぱいにし
ついに 大粒の 涙を 流させました

 そんな 桃太郎を 赤鬼は
じっと 見つめています

桃太郎の目に 赤鬼の
不動の まなざしは
ほんの いっしゅん 優しそうに 見えました

「さ さっ さいごに もう 一度だけ
きっ きっ きくぞっ!!
お おまえらはっ ほんとうに
わるい 鬼なのかっ!!!」

赤鬼は ゆっくり 棍棒を かまえ
そして こたえました

「桃太郎・・・」

「ただで 帰れると 思うなよ・・・」

桃太郎は 赤鬼の その言葉に
胸に せまる かなしみを
爆発させながら ついに 覚悟をきめ
刀を 振りかぶりながら
赤鬼 めがけて 猛突進しました

「うっ うっ うわあああああああ!!!!
赤鬼めえええええええ!
成敗してくれるううううううう!!!!」



 そして 一瞬の あと




鮮血が 噴水のように 飛び散りました




四十二.

「おみよさん!食べてる?
遠慮しなくていいのよ
まだまだ おかわりは たくさん あるんだから!」

おばあさんは うれしそうに
ちょこんと 座りながら おみよちゃんに
はなしかけます

おみよちゃんは あたりを きょろきょろ
眺めながら とにかく 驚いていました

「これ ほんとに おばあさんの 家なの?」

「あったりまえじゃなーい!
言ってなかったかしら
わたし ものすごく お金持ちなのよ!
蔵だって 庭だって とっても 広いのよ
まあ 庭 見れたことないけど!!
あーはっはっは!」

かつての 傀村でさえ 見たことがない
大きな お屋敷に
食べたことのないような ご馳走が ずらり
てっきり おばあさんは
それほど 裕福でないと 思っていた
おみよちゃんは おどろきっぱなしです

 何人もの 女給さんたちが
かわるがわる ご馳走を
持って 来てくれましたし
そのたび おばあさんは

「あら およねさんかしら ありがとう」

「この忙しない 足音は きっと
おみつさんね ありがとう」

「この 匂い袋は たぶん おきんさんね
ありがとう おほほほほ」

目が見えなくても おばあさんは
音や 匂いで 的確に 判断し
女給さんたちが なにか してくれるたびに
お礼を いうのでした

おばあさんは 終始 こんな調子ですから
女給さんたちも つねに にっこにこ

おみよちゃんは こんなに
たのしそうに はたらく 人たちを
見たことが ない と 思いました
それは きっと この おばあさんの
人柄が そうさせるのだろう とも 思いました

「あなたには お世話になったわ
なんだって してあげたいくらいよ」

おばあさんは ほがらかに
おみよちゃんに 話しかけます

「いや そんな わたしは なにも・・・」

「そういえば 旅の理由を きいてなかったわね
聞かせてもらえないかしら」

おみよちゃんは はっと 我に返り
おはしを 置いて たくさん 話しました

「そう 青鬼さんを 探して 旅を・・・」

「鬼ヶ島へ 行けば 会えるかもしれないんです」

「きっと 素敵な 方なのね」

「はい とっても 優しくて 物知りで」

「良いことよ 惚れるなら
優しくて 物知りな 方に 限るわ
あなたが羨ましい わたしは 恋には
ほとんど 縁が なかったから
愛する 人の ために 旅に
出るなんて あこがれちゃう」

「そんな 愛する人だなんて・・・」

おみよちゃんは 照れてしまい
もじもじ 体を くねらせました

「だけど ざんねんね
あいにく その 青鬼さんのことは
わたしは なにも 知らないわ
ただ・・・」

おばあさんは くてんと
首を かしげながら うんと かわいい声で
言いました

「鬼が やさしいのは 知っているつもりよ」

 その夜の 食事が 終わり
おみよちゃんと おばあさんは
それぞれ 別室で 眠りました

「ごめんなさいね もっと 話したいけれど
わたし 自分の 部屋でないと 眠れないの」

と 申し訳なさそうに 言いながら
女給さんに 抱きかかえられ
寝室へ 入っていきました

 戸が 閉まるまで にこにこ 笑いながら
手を ふってくれた おばあさんに
おみよちゃんは 本当に
暖かい 気持ちに なって
ぐっすり 眠ることが できました

あたしも いつか あの おばあさんみたいに
明るい 人に なりたいな と 思いながら
しかし 眠りに つく ぎりぎりの 瞬間
おみよちゃんは ふと 思いました

(どうして おばあさんは
鬼が 優しいことを しっているんだろう)

 翌日 ばたばたと 慌しい音で
おみよちゃんは 目覚めました
目を こすりながら もそもそと
布団を 出て おばあさんに
あいさつを しようと
部屋を 出ると ちょうど
走り回っていた 女給の
おみつさんに 鉢合わせました

「ああ おみつさん おはようございます」

すると おみつさんは
ひどく あわてた様子で 口早に 言いました

「たいへん!奥様が いらっしゃらないの!!」

 四十三.

 てんやわんやの さわぎでした

これまでも おばあさんが
ひとりで どこかに 行くことは
たびたび ありましたが
黙って出ていくなんて
これまで 一度も ありませんでした

ああいう 性格なので
屋敷の 人たちに どこに 行くか
きちんと 説明していたのです

いったい どうしたと いうのでしょう

 おみよちゃんも たいへん おどろき
あわてて あたりを 捜しましたが
どこにも いません

「そう 遠くへは 行けないと 思うけど・・・」

眉間に しわを 浮かべながら
不安げな 表情の およねさん

「誘拐なんて されていたら どうしましょう」

おきんさんは もう ほとんど
泣きそうに なっています

屋敷の女給さんたちが みんな
おろおろ しているので
おみよちゃんは これは いけないと
おもいたち

「みなさん 落ち着いて!」

「だいじょうぶだから 心配しないで
手分けして 捜せば きっと 見つかるわ
とにかく みんなで このあたり
一帯を 捜しましょう だいじょうぶ
ああいう 人だから きっと
お散歩でも しているのよ」

 女給さんたちは それでも
不安そうでしたが いつまでも
おろおろ しているわけにも いきません
みんなで 散り散りになって
おばあさんが 行きそうなところに
捜しに 出ることに しました

四十四.

 さて そのころ おばあさんが
どこへ いるのかと いうと
屋敷から 歩いて 三十分の
山を ひとりで 歩いておりました

小さなころから 慣れ親しんだ
山ですから 盲目のおばあさんでも
杖さえあれば ひとりで 歩けます

それでも 女給さんたちは
毎回 たいへん 心配をするので
出かけるときは かならず
どこに いくのか 話していました

 この日 おばあさんが
ひとりで 家を 出てしまったのには
理由が ありました

それは おみよちゃんに どうしても
見てもらいたい 花が あったからです
その 花の名前は 紫苑(しおん)
おばあさんは おみよちゃんが
明日にも 発ってしまう前に
どうしても この花を 贈りたかったのです

 しかし 屋敷の人たちは
もう眠っているし 起きてから
探しに行ったのでは まにあわない

いけないことだと 分かってはいましたが
無事に 帰れば へえきだろうと
明け方 こっそり 家を 出たのでした

 さいわい 紫苑が 咲いている場所は
この間 おさんぽを したときに
見つけていたので おぼえています
目が見えない分 おばあさんの
嗅覚は 人の何倍も 鋭いので
近くを 通りがかれば きっと
見つけられる と おもったのです

「おみよさん おどろくと いいわね」

ふうふう 息を 吐きながら
おばあさんは 急ぎ足で
山を あるいていきます

明け方の 山の においは いつもと
ちょっと ちがいます
じとじと していながらも
なんとなく さわやかで
草や 苔の においが
よく わかります

「ちかいわ!」

山の澄んだ においの中に
紫苑独特の 香りが おばあさんの
鼻に とどきました

おばあさんは においを 頼りに
その場に しゃがみこんで
ふんふん 空気を 吸いながら
うろうろ します

すると たしかに 紫苑は ありました
ありましたが それは 山道から
すこし 外れた 斜面に ありました

手を のばせば 届かないことも
ないですが おばあさん ひとりだけでは
ちょっと きけんです

 しかし ためらっている場合では ありません
おばあさんは 慎重に 近づき
おそる おそる 手を のばすと
ひとひらの 花に 指先が ゆれました

やさしく なでると それは 確かに 紫苑です
色までは わかりませんが
たおやかに 花を 開いた
美しい青色の 紫苑でした

「見つけた!紫苑だわ!」

 そのまま ひっこぬけば
どうということは なかったでしょう
しかし やさしい おばあさんは
花が 可哀想なので 引きちぎらず
土ごと 掘り返して 持っていこうと
もう 一歩 二歩と 山の斜面に
身を 預けました

 足が ぷるぷると 痙攣しますが
ようやく 土を 掘り起こし
みごとに 紫苑を 手に することが できました

「これで 一安心!さあ はやく 帰りましょう」

腰をとんとん叩きながら おばあさんが
立ち上がりました
しかし その瞬間

「あら・・・?」

ぐらぐらと 妙な 違和感が
体に はしりました

長時間 低い姿勢でいたのを
急に 立ち上がってしまったために
おばあさんは 立ちくらみを起こし
そのまま 山の 斜面を
ころがり おちて しまいました

 四十五.

 おみよちゃんは
おばあさんを 捜して
必死に 山の中を 走り回っていました

 行くあては ありません
けれど 走り回るのです
なぜか 分からないけれど
そうしなくては いけないような
気がしたのです

あんなに やさしい おばあさんを
見つけれられないまま
この 村を 離れることは できません
なんとしてでも おばあさんを
見つけ出して 見送ってもらわないことには
鬼ヶ島へ いくのにも
ためらいが できてしまうでしょう

おみよちゃんは おとっつぁんから
言われたような 心のしこりを
抱えたまま 生きるのは ごめんでした

 何かに 導かれるように
おみよちゃんは
山道に はいりました

 しかし さすぎに 息が切れて
呼吸を 整えるために
立ち止まって 深呼吸をしました

山は 朝も 昼も 夜も 静かです
自分の 呼吸の音と
ばくばくと やかましい 心臓の
音だけが 頭の中に
響くようでした

三分ほど 休憩をして
心臓も 落ち着いたこと
おみよちゃんは 思い切って
空気を 胸いっぱいに
うんと 吸い込み

「おばあさーーーん!
どこーーー!?」

と 大きく 叫びました

すると どうでしょう

足元の 斜面から
わずかに か細くですが

「たすけてぇ・・・」と 聴こえてきました

四十六.

「おばあさん!?」

 おみよちゃんが あわてて
斜面を 覗き込むと
はるか 下に うずくまった
おばあさんを 見つけました

「おばあさん!!」

おみよちゃんは ずざーと
降りると おばあさんの
足は むらさきに 腫れあがり
歩けそうに みえませんでした

「おばあさん!
なにしてたの!どうしたの!」

聞きたいことは たくさん ありましたが
とにかく 今は ここを 離れようと
おみよちゃんは 我に 返り
おばあさんを 抱き上げ
力を 振り絞って 斜面を のぼりました

「ごめんなさい あたしったら・・・!」

おばあさんは 申し訳なさから
おいおい 泣いてしまいました

事情を 知らない おみよちゃんは
さすがに 知らんぷりして
どすどす 歩いて いきました

 気まずい 時間が 流れました

やがて 涙が 止まった
おばあさんは ぽつぽつと
わけを 話し出しました

「ほんとうに ごめんなさい
どうしても あなたに 見せたいものが あったの
あなたは 夜が明けたら
ここを 出て行ってしまうだろうし
去ってしまう前に 見せたかったの
うかつだったわ 身勝手だった
あたしの わがままの ために
屋敷の人たちは もちろん
あなたにまで こんな 迷惑をかけて
こんなつもりじゃなかったの
ほんとうに ごめんなさい
なんて いえば いいか・・・」

 話しているうちに
おばあさんは また 悲しくなってしまい
ひっくひっくと 泣きじゃくりました

すると おみよちゃんの 足が ぴたりと
止まりました

「おばあさん」

おみよちゃんは 青い顔をしながら
言いました

「どうしよう 道に迷っちゃった・・・」

おばあさんの 話を 聞いているうちに
つい うろうろと 歩いていた
おみよちゃんは 道に 迷ってしまったのでした

気づいたころには 山道から
おおきくそれた 獣道
木々は 鬱蒼と 覆い茂げ
まだ 正午前だというのに
ほとんど 真っ暗でした

「どうしよう・・・」

おみよちゃんは 戸惑いながら
おばあさんを ゆっくり おろすと
両手を 口元に あてて
どぎまぎしています

土地勘のない 場所で
人 ひとり 背負いながら 遭難することが
この当時 どれほど 危険なことか
現代の 私たちには
ちょっと わからないでしょう

それくらい いま ふたりは
危機的状況に ありました

(青鬼さん・・・)

不安なとき おみよちゃんは
いつも 心の中で 青鬼を よびます
すがる 思いで 念じましたが
風で 葉が ざわざわと なびくばかり
いったい ここは どこなのでしょう
無事に かえることが できるのでしょうか
そして 鬼ヶ島へ いけるのでしょうか

 おみよちゃんが 頭を 抱えて
うんうん うなっていると
おばあさんが 言いました

「おみよさん 怒っているかも しれないけど
聴いてちょうだい わたし
あなたに これが 見せたかったの」

おばあさんが 着物から
土のついた 紫苑を 取り出し
おみよちゃんに 見せました

「この 花は 紫苑というの
別名 オニノシコグサとも 呼ばれてるわ
ゆうべ あなたの 話を 聞いて
どうしても 村を 発つ前に
これを 見てほしかったの」

「オニノ・・・?」

「オニノシコグサ
鬼の醜草なんて ひどい 名前よね
だけど とっても いい香りが するわ
わたしには わからないけれど
きっと きれいな 色を しているはずよ」

「ええ・・・とても 綺麗」

「あなたは きっと 青鬼さんに
会えるわ いえ 会わなくちゃ ならないの
こうなったのも わたしの 責任
あなたまで 巻き添えには できないわ
よく 聞いて おみよさん
ここに わたしを 置いて
ひとりで お行きなさい
わたしを おぶってたら
それこそ 共倒れよ
だけど あなた ひとりなら
無事 山を 出られるかもしれない」

「おばあさん!だめだよ」

「ここで 死んでしまっては
あなたは きっと 後悔するわ
そんなの わたし できない
会いたい人に 会うために
村を 出たんでしょう
さあ この 花を 持ってお行き!」

 おみよちゃんは とても 悲しくなりました
かなしくて かなしくて たまらなくなりました
おみよちゃんだって 大好きなおばあさんを
見捨てることなんて できません
だけど 万一 ここで 死んでしまえば
青鬼に 会うことも できないのです

おみよちゃんは おそいかかる
かなしみに 胸が いっぱいになり
わんわん 泣いてしまいました

そして 無我夢中で さけびました

「青鬼さん!助けて!!」

そのとき 風が 猛烈に 吹きました
枝から 枝へ なにかが 近づいてきます
それは だんだん 迫ってきて
音が 大きくなっていきます
ついに 頭上まで やってきました
そして それは 木の てっぺんから
飛び降り どしん!と 着地しました

 七尺はあろうかという 大きな体
鋭い角に 尖った歯
そしてまるで オニノシコグサのように
青色の 肌

「おみよ もう だいじょうぶ」

 そこには かつてと 変わりない
けれど 強くなった 青鬼が 立っていました

 四十七.

 まぼろしでは ありません
夢なんかでも ありません

数年間 想い続けた 青鬼が
おみよちゃんの 前に 立っていました

おみよちゃんは 突然のことに
理解が 追いつかず 無言のまま
じりじりと 近づき
青鬼の 胸に 手を あてました

「ほんもの・・・?」

「ああ おみよ 長い間
すまなかったね」

「ほんとに ほんもの・・・?」

おみよちゃんは 胸に あてた
手を だんだんと あげていき
青鬼の ほっぺたを
両手で はさみました

「ほんとうだ・・・ほんとうに
青鬼さんだ・・・」

まぼろしさえ 見た 青鬼に
あの月の夜以来 触れることができた
おみよちゃんの よころびが
どれほどのものだったか
言葉では とても 言い表せません

それを 言い表すのが
文学 としたら
愛のまえに 文学とは
かくも 無意味な ものでしょう

 ふたりは この数年間の
ありったけの 感情をぶつけるように
つよく つよく だきあいました

いとしさ さみしさ くるしさ かなしさ

すべての 想いを 両の腕に こめて

「どうして ここが わかったの・・・」

おみよちゃんは 青鬼の腕の中で
ちいさく たずねました

「わからない だけど そんな気がしたんだ」

「待たせちゃだめって 言ったのに・・・」

「うん わるかったね だけど 来たよ
ちゃんと おれは 帰ってきたよ」

それから ふたりは 言葉をすて
時間を わすれて 抱きしめあいました

 どれくらい 時間が 経ったでしょうか
おばあさんが とうとう 口を はさみました

「お取り込み中のところ 悪いんだけど・・・」

 おばあさんの声に ようやく 我に返った
ふたりは あわてて 身体を はなし
しどろんもどろん あたふたた

おばあさんは その雰囲気に
にんまり しています

 おみよちゃんは 青鬼に
かくかくを しかじか しました
青鬼は まかせなさい と
おばあさんを ひょいと 右の肩に
おみよちゃんを 左の肩に 担ぎ上げ
足を ぐっと 踏ん張って
ぴょーんと 跳びあがりました

そして みるみる 山を 降りていきます

風が ごうごうと すぎていきます
まるで 空を 飛んでいるようで
おばあさんは とても 嬉しくなりました

「わたし 空を 飛ぶのが 小さいころからの
夢だったの!」

すっかり 明るさを 取り戻した
おばあさんは 青鬼の 肩の上で
きゃいきゃい はしゃいでいます

おみよちゃんは 髪を かきあげながら
おばあさんを 見つめました
その間には 青鬼が いて
とても とても とっても
嬉しい気持ちに なりました

「おばあさん!よかったね!」

おみよちゃんが そう 言うと
おばあさんが 青鬼の 頭を
くしゃくしゃと 撫でながら

「おみよさん あなたの おかげよ!
青鬼さんも ありがとう
やっぱり 鬼はやさしいわ!」

「そういえば 気になっていたんだけど
おばあさんは どうして 鬼が
やさしいことを しっているの?」

おみよちゃんが 訪ねると
おばあさんは ぽつぽつ と 話し出しました

「それはねえ!」

四十八.

それはねえ
ああ どこから 話せばいいかしら
わたしは 生まれつき 目が見えなくて
そのことを 不幸に 思った事は
なかったけれど
昔は そりゃあ 引っ込み思案だったのよ
友達なんか ひとりも いなかったわ
そんな ある日 当時 わたしが
住んでいた村に 鬼の いたずらが
流行していたらしいの
なんでも 山に 入った人を
おどろかすんだって
半年も 続いた ある日
とうとう その鬼は 捕まえられてしまったって
そして 村の蔵の中に
閉じ込められたそうよ
それから 何年も そのままなんだって
それを お父さんから 聞いて
わたし 鬼なんて 話でしか
聞いたことが なくて
俄然 興味を もったの
みんなが 言うような おそろしい存在が
本当か どうか たしかめたくなったのよ
村の人たちが 寝静まったころ
こっそり 家を 抜け出して
蔵に 行くことにしたの
中に 入ると 雰囲気で わかったわ
ああ これが 鬼か 鬼なのね と
しばらくは その場に いるだけだったんだけど
あるときから その鬼は 私に
話しかけるようになったの
いろんな 話を してくれたわ
今まで どうやって 生きてきたか
なにを 感じ なにを 考えてきたか
これまでの 行いを
どれだけ 悔いているか
話し続けてくれたの
それだけじゃないわ 野鳥の美味しい
食べ方や 毒キノコの見分け方
虫除けの方法
中でも よく覚えてるのは
その鬼が 好きな 花の 話かしら
友達のいなかった私は
その鬼が 話してくれることは
とても 新鮮で 何度も
遊びに 行ったわ
だけど 恥ずかしくて
いちども 返事が できなかった
ある日 とうとう 顔を 見せてくれと
言われたの
わたし 恥ずかしくて 恥ずかしくて
何も 言わず そのまま 出て行ってしまったの
だけど 帰ってからも
夜が あけても 考えるのは
その 鬼のことばかり
気がつかない うちに わたし
恋を していたみたい
そして 決心したわ
この 鬼を ここから 逃がしてあげようって
償いは もう 充分しただろうって
わたしは 家から 鋏を
持ち出して 手枷や 足枷を
切ってあげたの
目隠しだけは 目が見えないから
わたしひとりでは 解けなかったけれどね
次の日に その蔵へ行ったときには
もう その 鬼は いなかったわ
わたし それが きっかけで
もし 次に 会うときが きたら
きっと 明るく 振舞えるように と
引っ込み思案な 性格も
なおっていったわ
あれから もう四十年くらいかしら
けっきょく わたしは お嫁にも 行かず
独身を 貫いているけれど
あの鬼を 忘れたことは 一度もないわ
だから おみよさん
あなたのことは 他人事とは
思えなかったの
だから あの鬼が 教えてくれた
紫苑を オニノシコグサを
見せてあげたかったの
だって あなたに ぴったりの 花だと
思ったの オニノシコグサの
花言葉を ご存知?
これも あの鬼が 教えてくれたんだけど・・・

 四十九.

 おばあさんの 昔話を
聞いていると ふたりを 乗せた
青鬼は 急に 跳びあがるのをやめ
その場に 立ち止まりました

おみよちゃんは 驚いて

「えっ!青鬼さん どうかしたの
おなか いたいの」

と たずねました

みると 青鬼は 泣いているではありませんか
漢泣き と いったかんじで
こらえる 涙を くちびるを かみしめながら
うおおと 熱い 涙を 止めようと します
青鬼が 言いました

「おばあさん!おれ・・・おれ
その鬼を しってる!
墨鬼って いうんだ!
人里 離れた 山のなかで
今も 暮らしているんだよ
その鬼も 言っていた!
つかまって さみしかったとき
おばあさんだけが 救いだったって
忘れたことなんか 無いって!」

おばあさんは びっくり 仰天
そして ちいさく とても
ちいさく 涙を 流しました

「ああ こんなに うれしいことが
あるかしら・・・!わたしも
あのひとも それぞれ 想いあって
いたなんて!」

 青鬼は ふたたび 力を いれると
今までの 三倍 いや 四倍の
高さまで 飛び上がりました
あんまり 高いので
木々さえ はるか 下に 見えます

そのまま 青鬼は 言いました

「おみよ!墨鬼さんの ところへ
いくぞ!」

「もちろんよ 青鬼さん!」

おばあさんは 信じられない といった
表情で 顔を ぷるぷる ふりましたが
すぐにまた いつもの 笑顔に
もどりました

「ねえ!おばあさん!それで
オニノシコグサの 花言葉は
なんて いうの!」

空中を 渡り歩きながら
おみよちゃんが おばあさんに
訪ねました

「”遠くの あなたを 忘れない”よ!」

 青鬼と おみよちゃんと おばあさんは
墨鬼の 家を 目指して
すごい 速さで かけて いきます

みんな しあわせそうな 顔を していました

五十.

 「てえへんだ!てえへんだ!
桃太郎が かえってきたぞう!」

その日 傀村は てんやわんやの
おおさわぎでした

なんと ほんとうに 桃太郎が
大判小判の 財宝を 持って
村へと 無事 かえってきたのですから

わっと 人が 桃太郎の まわりに
むらがります

「桃太郎!おまえやったな!
今日から お前は この村の 英雄だ!」

「まさか 本当に 鬼を やっつけるなんて!」

「きゃー!桃太郎さん!
結婚してええ!!!」

傀村のひとたちは おもいおもいに
桃太郎への 賛辞を おくりました

しかし 肝心の 桃太郎は
浮かない 顔を しています

すると あいつが 寄ってきました
そう 八重吉です

「まっ まさか おめえが
本当に やるとは 思わなかったぜ・・・
たいしたもんだ 桃太郎!
しかし いったい どうやって
鬼を 殺したっていうんだ?」

すると 桃太郎は 刀を
すらりと 抜いて その 刃先を
八重吉の 首に 押し当てました
刀には 真赤な 血が
べっとり ついていました

「そりゃ この 刀で こうさ」

 桃太郎は八重吉の首を
刀で 切断するような 真似をしてみせ
刀に 付着した 血液を
みんなに 見せつけました

八重吉は ひええ と おびえ
おしっこを 大量に もらし
ぴゅーっと 走り去っていきました

いつも 威張って いじわるばかり言う
八重吉の 無様の 姿に
みんなは 腹を 抱えて 笑いました

余談ですが 八重吉は
この日の 失態を 死ぬまで
笑われ続け 陰で
「垂れ流しの八重吉」と 呼ばれ
往来を あるく たびに
指を さされ 笑われたそうな

 桃太郎の 伝説は
ひろく ひろまり 傀村からも
まわりの 村からも
英雄として 尊敬されました

 しかし 桃太郎は
だれにも いえない 秘密を
かかえていたのです

(これで よかったんだよな・・・)

桃太郎は 空を 仰ぎました
旅立った日と おなじ 青い青い 空でした

五十一.

 桃太郎が 仰いだ 青い空は
ここ 鬼ヶ島にも 続いています

茶鬼が ちゃかすように いいました

「ほんとに 赤鬼さんは 無茶を
するんだから・・・」

肩におおきな 傷の残った
赤鬼の 包帯を 取り替えてあげながら
茶鬼は 笑っていました

「あいてててて おい もっと やさしく
たのむぜ まだ 傷だって
ふさがってないんだから」

赤鬼は 傷を 撫でながら
あの日の ことを 思い出していました

桃太郎が やってきた あの日
とうとう 戦いの 火蓋が 切って落とされ
自分に向かって 正面から
挑んできた 桃太郎の 刀を
赤鬼は わざと 食らったのです

鮮血が 飛び散って 赤鬼は
がくっと ひざを つきました

「ど・・・どうして」

桃太郎が 慌てていると
赤鬼は ぜえぜえ 息を 切らしながら
言いました

「桃太郎・・・いいか よく 聞け
鬼ヶ島の 宝 みんな 持っていけ
そして 村の奴らに こう言うんだ
鬼は 全員 殺したとな・・・」

どくどく 流れる 血は
相当な もので
ほかの 鬼たちは 驚きながら
かけよります

「宝を もって 村に 帰れば
おまえは 英雄だ
人間も 二度と この島に
来ないだろう
そうすれば おれは この島を
護れるんだ
鬼ヶ島を 護れるんだ
だから ぜったいに このことは
誰にも 言うな
誰にも 言わなければ お前は英雄
おれたちは 島を 護れる
どうだ・・・ 引き受けちゃくれねえか」

桃太郎は おどろいて
ほとんど なにも いえませんでしたが
ひざを ついたままの
赤鬼の すがたを すべてを
理解しました

真実を 目の当たりに することが できたのです

「わかったよ 赤鬼さん
ぼくは 宝を 持って帰る
そして みんなに 鬼は
こらしめたと 話すよ
そうすれば この島の 鬼は
しあわせに 暮らせるんだね
わかった 約束するよ
決して だれにも 言わない」

「それでこそ 日本一の 男だぜ・・・
おい 宝を 護り神を 出してやれ
みーんな 桃太郎に わたすんだ」

赤鬼に 指示に したがって
鬼の みんなは 宝を すべて
桃太郎に あけわたしました

「それから おれの血がついた刀
それは 洗うんじゃねえぞ
不審に 思われたら その 刀についた
血を みせるんだ そうすりゃ 信じる」

「じゃあな 桃太郎 二度とあうことはねえが
おまえは 立派な 男だったぜ
おれたちは この島で 静かに
暮らせるか どうかは おまえに
かかってる たのんだぞ」

そして 桃太郎を 無傷で
帰らせたのでした

「でも 赤鬼さん いいんですか
ほんとに 護り神を 渡しちまって」

赤鬼の 包帯を 取り替え終えた
茶鬼は お茶を 飲みながら
赤鬼に たずねました

「なにいってやがる
あの 護り神のおかげで
おれたち 今日も 静かに
暮らせてるじゃねえか
いいんだよ これで
宝なんかより もっと大事なもの
みんなで 作れば いいじゃねえか」

赤鬼は 晴れやかに そういうと
巻かれた 包帯を とんとんと たたき

「さあ!仕事だ 仕事だ!」
と 言って 家を 飛び出していきました

どうやら 鬼ヶ島の みんなは
これからも たのしく 暮らしていけそうです

五十二.

 「奥さま!どこへ 行くんですか!」

 女給の およねさんは
おばあさんが 部屋から 出るたび
ふんがーと 引き止めます

あの一件以来 女給さんたちは
おばあさんの 一挙手一投足に
きらんと 目を 光らせるようになりました
また いなくなられては
たまったもんじゃありませんからね

「ただ 厠へ いくだけよ 手伝ってくださる?」

おばあさんは おほほと
困ったように 笑いながらも 嬉しそうです

なんのかんの 言いながらも
女給さんたちも やっぱりおばあさんのことが
好きなので 冗談半分で
言ってるだけでしょう

なぜって もう おばあさんは
ひとりで 出かけることが
なくなったからです

「そうだ およねさん あとで
オニノシコグサを摘みに
出かけたいんだけど いいかしら?」

「ひとりは だめですよ!
ちゃんと 連れていってもらってくださいね!」

「ええ もちろん!
あ!この足音は 間違いないわ
今 頼んでおきましょう
ねえ 今日も 花を 摘みに いきましょうよ」

廊下の向こうから のっしり のっしり
歩いてきたのは 墨鬼でした

「ああ ついでに 新しい
花の 種子を 植えようか」

「まあ すてき!たのしみだわ」

 あの日 青鬼の 肩の乗せられて
墨鬼の 家を 訪ねたときの
ふたりの 涙は
おみよちゃんと 青鬼より
よっぽど たいへんなもので
おいおい わんわん
ものすごく 泣いたそうです

何十年も 胸に秘めた恋が
ようやく 叶ったのですから
仕方がないですね

 とにかく それから
墨鬼は おばあさんの 家で
暮らすことになったのです

目の見えない おばあさんの
目の 代わりとなって 墨鬼は
おばあさんと 一緒に 歩くのです

 数十年間の 埋め合わせを するように
ふたりは あちこち 行きました
遠いところへ 行くときは
墨鬼の 肩に のって
走っていくんだそうです

ふたりは ずっと 楽しく
幸せに 暮らしたそうな

五十三.

 おやおや もう こんな 時間
良い ころあいですから
この 物語は ひとまず
幕を 閉じましょう

え? それで おみよちゃんと
青鬼は どうなったのかって?
さあ どうでしょうね
それからの ことは よく わかりません
きっと いろんな ことが
ふたり の間に 起こることでしょう

ただ ひとつだけ 言えるのは
きっと あのふたりなら
いつまでも 仲良く
暮らしていける はずです


もしも どこかで
オニノシコグサが
咲いているのを 見かけたら
とおくの 愛しい あのひとを
思い出して あげてください





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  1. 2016/10/10(月) 08:30:22|
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