たいそんの日記

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糟糠の魂

昨日は心斎橋でピアノユニットTHEATER DOLL ORCHESTRAの初ライブでござんした。

以下セットリスト

1. 道草
2. 享年十六歳
3. 海の見える街
4. いのち愛しむ

共演者の皆様、スタッフの方々、相方のやもっちゃん、来てくれたお客さん
みんなどうもありがとうね!ドルオケは今後も続きます。不定期やけど。
いつもライブ前は緊張して本気で家に帰りたくなるのだけどステージの上だけが
柴田が輝く唯一の場所なもんで、離れようにも離れられないのです。
ユニットでの初めてのライブで課題は残りましたが楽しかった。
僕はちゃんとステージでも笑えるんだナ。

またよかったら観にきてね。

やもっちゃんにはお世話になりっぱなしです。
いやらしい話ギャラも払えないような僕だというのに。
やもっちゃんに頼んで良かったと思ってます。
つぎはカバーなんかもやりたいねー。

さて、本日僕はミーティング。
これおわったらおうち帰ってごはんつくる。今日はなにしようかな。


糟糠(そうこう)ってのは「苦労をともにする」って意味なんだって。

なぁ僕の魂、まだまだ迷惑かけちゃうけどさ。
よぉ僕の肉体、しんどい事もあるけどな。
それは必ず報われるから、そうなっても僕は君たちを死ぬまで手離さないよ。
“夢”を信じてるわけじゃないんだ。
僕は“僕”を滅法界信じてるんだよ。だから大丈夫だな。

またね。からだをだいじにね。

だいたいそんな感じ。たいそんでした。

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  1. 2012/09/19(水) 20:51:53|
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施無畏

小便を催して目が覚めてからというもの、ぼうっと空を仰ぐ。
今日の大阪の夜はとても静かでまるで世界にひとりぼっちな錯覚に陥る。
違うんだな、電気が消えてるだけで、あすこのアパートにもあすこのマンションにも
それぞれの生活があって、それぞれの喜びがあってそれぞれの悲しみがあるんだろうな
なんて思いながら白熱球をぷらんと垂れ下げていると
「私、今、起きてます」と世界中に曝け出しているような気がして
さしあたり、電気を消してみた。
真っ暗な部屋でカタカタと。コンピュータをカタカタと。

生活はやっぱり明るくはない。明るくはないけどかといって真っ暗かといえばそうでもない。
確実に「小さな光」がある。
それはさしずめ真っ暗な部屋の中の携帯の液晶によって作られた薄い影のようで
落ち着く、ような。安心、のような。

僕は歌を作る。それはもう生活の一部といってもいいくらい暮らしの大半は新しい曲の
タイトルだとか歌詞だとか、そういったもので溢れている。
そんな時、ふと思うのが、ああこれはとても幸せな事なんだなという事だったりして。
ある意味でね。
ある意味で、たとえば悲しいことがあったりするわけじゃない、生きてると。
そんな時僕らはそれを歌にする。メロディーにする。閉じ込める。
出来上がった歌を歌っていると悲しい事柄が少し整理されているような感じがして
だから体に良いんだと思う。
僕の歌、暗いかな?
だいじょうぶ、作ってる本人はすごくそれで救われてるから。
極論としてね、別に自分の歌で誰かの命を救いたいだとかそんなおこがましい事は思ってないんだ。そんなに。

歌ってなんのためにあるんだろうね?
戦争のひとつも絶やせない音楽になんの意味があるのだろうね?
世界のひとつも平和にできない音楽になんの意義があるのだろうね?
君の事も護れないくせになんで意地を張るんだろうね。

余計なお世話だよな。わかってんだ。僕、頭いいから。
余計なお世話、焼かせてよ。踏みこませてくれ。

だってな、色々あったんだぜ。生活の中で。
ほんとうに色々あったんだ。
別にへこんでもなければ喜んでもいなくて“ただあった”んだ。
“飯を食った”のと同じくらいの温度で。
だからそれを歌にしたんだ。そしたら元気も出ちゃったよ。ばかみたいだね。

苦悩(の、ようなもの)と絶望(の、ようなもの)に殺されそうになるけど
こっちはもうそんなんで殺されるほど弱くもないしね。
逆にかえり討ちにしてやったよ。ほんとほんと。
鼻血ぶーだった。

なんだろーね。
なんだろーな。

いっこ、外れたわ。なんか外れた。
もうやるっきゃないんだな。もうやるしかないのよ。
あとがないのよ。僕は凄いんだぜ。僕は、ひょっとして本当に天才かもしれない。
うすうすわかってたけど本当に天才なんだと思う。
じゃなかったら今頃もういないよ。どこにも。
いてるからね。呼吸してるし、まばたきもするし、CもBも押さえられる。
そういうことなんだよな。
たぶん。たぶんだぜ。たぶんなんだけど。

関係ないけど、妄想って言葉きらいなんだけどさ。
やろうと思えば、たぶん僕一生、妄想の中で楽しめると思う。
僕の妄想は五感付きだもの。
でも現実は目を開いたらすぐそこに広がってるからさ。
あるひとは言った。
「目を閉じるごとに人は一度死に、目を開くたびにまた生まれているのだと」。
またあるひとは言った。
「閉眼状態の連続が、すなわち死である」と。
またあるひとは言った。
「開眼状態の自立こそが、広義としての死である」と。
ちんぷんかんぷんだった。

よくわからんけど、起きてりゃ現実。眠れば夢だ。
そんな事くらい。今日思ったの。ごめんね。

またね。からだをだいじにね。
だいたいそんな感じ。
たいそんでした。

  1. 2012/09/17(月) 05:31:42|
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回転

昼と夜はまるで違うようでいて、その実その性質はどうやら似通っているようだ。
人の多さや気温、匂い。飲食店は準備中か営業中か。外の色も違う。夜は黒く、昼は白い。
わかりやすい違いを食卓に並べてウムムと一人、頭を働かせていると
外はすっかり真っ暗になっていた。3時間も経っていたようだ。

「時間」は人類の発明品か、それとも粗悪な改良品か。
一日は24時間で、1時間は60分で、60分は3600秒で。朝で、昼で、夜で。
あっ。分けすぎたんだな。きっと。

日めくりカレンダーでちぎってなげた“9月9日”と
新しく迎えた“9月10日”
1秒前は“昨日”で1秒後は“今日”だという。
暮らしはおそらく地続きだ。
タン、タン、タンではなく
ターーーーーーーーン。
これがずっと。
ターーーーーーーーーーーーーーン。


明日は心斎橋でライブ。とても楽しみにしているし、気合いも入っている。
はっきり言って良いライブになるイメージしか沸かないよ。
幸いなことに僕のイメージは僕にとても従順だ。
「自惚れ」と「過信」はまるで違うから大丈夫だよ。

明日、くる人は車に気をつけてね。知らない人についてっちゃダメだよ。
お腹冷やしたらダメだよ。具合悪くなりそうだったらドタキャンしても全然構わないからね。
ライブなんて具合悪くしてまで見るもんじゃないからさ。
やる側はともかく。

今日は久しぶりに素直な気分だ。

またね。からだをだいじにね。
だいたいそんな感じ。たいそんでした。


  1. 2012/09/10(月) 02:12:24|
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